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20代の頃の私の夢は、大統領のスピーチライターになることだった。テッド・ソレンセン(ケネディ大統領のスピーチライター)の回顧録 『Counselor 』や、『White House Ghosts』(F・ルーズベルト大統領のスピーチライター達の年代記)のような本を夜更けまで読み漁っていた。大統領側近を描いたテレビ番組『ザ・ホワイトハウス』のトビーとサムにも憧れていた。かつて政治の世界で働いていた時には、短い演説やビデオ用原稿、そしてスタッフへの手紙に至るまで、自分の練習のためにボスのスピーチ的な文章を書く機会を逃さないように努めていた。
数年前、アリババ・グループ創業者ジャック・マー(馬雲)のスピーチを書く機会が巡ってきたので、彼の英語と中国語のスピーチ集をたくさん読んだ。だが、彼は信じられないほど説得力のあるスピーチをする人物だとわかり、私は結局その仕事を辞退した。彼の天賦の才には到底かなわない。
その才能は、10月24日に上海で開催された外灘金融サミットでの講演の場においても、存分に発揮されていた。それは、私が普段滅多にやらない英語版への翻訳をしようと思うほど説得力があるものだった(その結果がこちらの記事だ)。そしてこのスピーチは、政府当局による新たな金融規制、アントグループのIPO中断など、一連の出来事の引き金ともなった。米国大統領選挙と重ならなければ、更に大きなニュースになっていただろう。
悲しいことに、本件のメディア報道のほとんどは平面的で単純化されており、大まかには次のように要約できるだろう。
「ジャック・マーの不用意な発言を受けて、中国政府はアントのIPOを中止することでどちらが本当の権力者なのかを示し、マーは数十億ドルの損失を被った」。
これらの報道は多かれ少なかれ例のスピーチを引用しているにも関わらず、まるで、実は誰もスピーチ全文を読んでいないか、さもなくばそのスピーチの理解と文脈化に時間を費やそうと思わなかったかのようではないか。
文脈やニュアンス、複雑性と向き合うことを大切にしている我々としては、これはぜひ掘り下げてみたい。
P2Pレンディング
過去5年間の中国におけるP2Pレンディングの興隆と没落は、凄惨で、かつ広く記録が残っている事件である。それは中国全土で、あまたの経営者の投獄、人々の貯蓄の紛失、中小企業の「社会信用システム」ブラックリスト入り、人生の破滅、自殺など、大災厄を巻き起こした。中でも、ジャック・マーの故郷であり、P2P流行の中心地の一つだった杭州におけるそれは凄まじいものだった。
これこそが、マーのスピーチの背後にある大きな文脈である。スピーチの前半部を読んだだけでも明らかに分かることなのだが、これについて触れた報道はほとんどなかった。
P2Pレンディングがスキャンダルに生まれ変わる現象自体は、中国特有のものではない(米国でのLending Club騒動*1を思い出してみるといい)が、中国で起きた被害はより深刻だった。
中国のP2P融資プラットフォームの多くは、銀行よりもはるかに高い8~10%の利率で、最短1年で満期を迎える預金商品を提供していた。この、少し出来すぎた話のような誘惑に、大学を卒業したばかりの若い社会人・幼稚園児を持つ家族・貯金と年金で生活している退職者など、あらゆる層の人々が引き寄せられた。こうして集まったカネの大部分は中小企業向けの融資に回るのだが、ほとんどのプラットフォームは長い実績があるわけでもなく、ローン審査やリスク管理を適切に行えるほどのデータや技術を持っていなかった。
だからこそジャック・マーは、7年前「2013年の陸家嘴金融サミットにて」自身が語った「インターネット金融」の一種に、P2Pレンディングを含めるべきでないと考えていた。こうしたシステム上の弱点と、預金の不正な吸い上げなどの犯罪的行為で一攫千金を狙う胡散臭い輩の評判が相まって、混沌を招いた。2015年のピーク時には、約6000社のP2Pレンディング企業が存在したが、今では数百社にまで減少している。
[訳註*1:米フィンテック企業のLending Clubは2016年、規約違反のローン債権を投資ファンドに販売していたことが発覚、CEOが辞任する不祥事に発展した]
しかし、根本的な原因はもっと深いところにある。中国の中小企業は融資を必要としているのに、大手銀行は貸してくれない。大企業、国営企業、そしてその銀行と親密なコネを持つ企業にしか普通は貸さないのだ。一方、成長を続ける中流階級にとっては、国内不動産以外に良い投資先がない。海外の不動産を買うという方法も無くはないが、中国政府の資本逃避規制によって、難しくなってきた。国内の株式市場は、ほとんどが国営企業か、不安定で質の悪い企業で埋め尽くされていた(良い企業はニューヨークや香港で上場するので)。
よって、P2Pレンディングという名の蜃気楼は、借り手と貸し手、両サイドからの旺盛な需要を満たしているように見えた。これらはすべて、規制の空白の中で行われていたし、それしか道はなかった。マーがスピーチの中で、聴衆の緊張した笑いを誘いながら語ったように、「中国の金融業界には基本的にシステムが存在せず、実は『金融システムの欠如』こそがリスク」なのである。
実際、アントグループが香港と上海証券取引所の科創板での重複上場を決めたことは、政府への恭順の印だった。アントはまさしく中国の資本市場が必要としていたもの、すなわち世界水準の優良企業なのだ。だからこそ、上海の方の上場株には倍率872倍もの応募が殺到したのだ。
アントはニューヨークに上場して、希望通りの評価額を得ることもできただろう。ロンドンでも同じことができたはずだ。あるいは、仮に私の家に裏庭があれば、そこに投資家を招いて、積まれた目論見書の山の周りでバーベキューをしながら、全く同様の資金調達をすることもできたかもしれない。
さて、こうした文脈を念頭に置き、なぜジャック・マーはアントのIPO価格がついた翌日に壇上に立ち、発言するリスクを冒したのか考えてみよう。
責任
簡単な答えは、ルール作りの場に席を得るためだった、ということだ。
アントのような大手も、時流に乗るスタートアップを装った数千のP2P融資業者も、不幸なるかな、みな同じ規制の枠の中で生活している。
P2P関連の規制の第一波が来たのは2016年のことだが、その規制とは、預金と担保(例の「質屋メンタリティ」)の量を増やすよう要求するというだけのなまくらな施策であり、その執行や法令遵守の取り組みは、わずかしか行われなかった。結局、次の数年間でこのようなことが起きた:
・あまたのP2Pレンディングのスタートアップが潰れた(これは別に良い)
・P2Pで融資を受けた多くの中小企業が返済を迫られたり、ブラックリストに載ってしまったりした(これは良くなかった)
・P2Pに資金を提供して全財産を失った個人投資家への救済措置や遡及的な保護策は皆無だった(最悪だ)
これでは、規制当局が全く責任を果たしてこなかったと言っても過言ではない。
今年に入ってからは、いわゆる「キャピタルライトモデル」と呼ばれるP2Pレンディングプラットフォームの負担を軽減するための規制が提案された。これらの運営企業は、金融機関(要は大手銀行)と融資希望者との間の仲介者に過ぎないということで、与信評価の義務は金融機関側がより多く負うようになった。こうした改革により、P2Pレンディングやフィンテック一般への保護が拡充したように見えるかもしれないが、実際には業界全体を振り出し、つまり根源的な元凶に回帰させただけである。
中小企業は、大手銀行と再び直接取引するようになった今、相変わらず融資を受けることができず、中間層には不動産以外の良い投資先が未だ存在しない。
ジャック・マーは、おそらくこうした規制改革がアントのIPOに影響してくると知っていて、それに不満だったので、声を上げることにしたのだろう。
一般の消費者を保護する中国政府の能力は、いや、能力どころかその意思さえも、ほとんど信頼されていない。束の間でも本音を打ち明けることを厭わない中国国民の誰かに聞いてみればいい。
ジャック・マーは、公の場で発言することによって、規制当局の注目をアントグループの事例に集中させた。この演説は、規制当局にその任を果たすことについて真剣に考えるように促しただけでなく、アントにもテーブルに座る機会を与えることになった。演説の数日後、中国人民銀行が発行する『金融時報』(英国の『Financial Times』紙とは別の媒体)は、金融規制の次のステップについて半ば公式見解を述べた複数の記事を掲載し、その中でアントは名指しされていた。
マーは、「優れたイノベーションは規制を恐れないものですが、昨日のやり方で規制されることについては恐れています」と述べた。アントは今や、「昨日のやり方」で受動的に規制されるのではなく、能動的にルール作りのプロセスに参加している。そこで作られたルールは業界全体に降りかかるものとなり、アントの競合他社(テンセント、バイドゥ、JD、美団、奇虎360、シャオミなど)全てに影響を与えることになる。アントのように、ルール作りのテーブルに席を持つ他社はいない。
彼は自分がしていることの意味を知っていて、それで欲しかったものを手に入れたのだ。
レガシー
多くのメディアは表面的に、アントグループが改めて上場する際、厳しくなった規制の下で、テック企業というよりは金融サービス企業として扱われるかもしれないというネガティブ面の評価に固執していた。
しかし、そんなことを誰が気にするのだろうか? ジャック・マーは確かに気にしていないように見える。いや、率直に言って全く気にもかけていないだろう。アントのIPO直前の彼の純資産は600億ドルを超えていた。彼の哲学はいつも変わらず「顧客第一、社員第二、株主第三」だ。
彼のスピーチはその哲学と軌を一にしており、スピーチが巻き起こした結果にしても同様である。株主や投資家は怒っている。なぜなら、史上最大のIPOに参加できないからで、もし改めて上場することがあっても、全然低い評価額になることが予想できるからだ。アントの従業員にも、怒っている者がいるだろう。なぜなら彼らは一大ボーナスの出る日をまたしても長く待たなければいけないのであり、もしその日が改めて来たとしても、彼らのストックオプションの価値は当初より低くなるはずだからだ。だがこれらがもし、明確な規制の下でより健全な金融システムを形成し、より多くの中国の消費者や中小企業が安心して生活や事業を行うことができるようになり、従って彼らの多くがアントの顧客となるという未来のための代償であるならば、十分に価値があると言える。
ジャック・マー、イーロン・マスク、ジェフ・ベゾス、マーク・ザッカーバーグ、ビル・ゲイツといった名だたる起業家は、カネのことを気にしていない。我々が彼らに関して気にしているのは、カネのことだけであるとしてもだ。陳腐に聞こえるかもしれないが、彼らは、見たい・住みたいと思う世界を構築することだけを目指しているのであり、カネは彼らがそこに到達するために必要な道具にすぎない。これこそ多くの起業家が憧れ、日々そのために努力しているが、それが不可能に近いという理由だけで達成できていない、崇高な世界である。
例のスピーチの本質は、その高揚した修辞や華々しい言葉のあやではなく、社会の針を動かし、時の試練に耐えることができる何か、すなわちレガシーを残す能力である。スピーチ史の殿堂入りとまでは行かないものの、私はジャック・マーのスピーチは針を動かしたと思っている。中国における公の場での演説を取り巻く独特の環境を考えれば、これは特に注目すべきものだった。
マーのスピーチは、ザッカーバーグやベゾスが切望するほどのレベルで、規制当局への影響力を示した。考えてみればいい。ザッカーバーグがソーシャルメディアの未来と表現の自由についてスピーチをした後、すぐに米国議会と連邦取引委員会に召喚され、セクション230[プラットフォーム企業の責任免除を定めた通信品位法230条]、個人プライバシー、アルゴリズムベースのソーシャルネットワークの形成に貢献したとしたらどうだろうか。
実際、ザッカーバーグは2019年のジョージタウン大学でのスピーチでまさにそれをやろうとしたのだと思うが、誰も彼をそう扱わなかった。代わりに、彼や他の巨大テック企業のCEOたちは、公聴会で晒し者にされ、政治劇場の人形として利用され続けている。
(翻訳・小宮貫太郎)
作者紹介
Kevin Xu(ケビン・スー)
テクノロジー、ビジネス、地政学をテーマにした英中日ニュースレター「Interconnected」の創始者。スタンフォード大学で法律とコンピュータサイエンスを学び、オバマ政権時代にはホワイトハウスで勤務したほか、PingCAPのグローバル戦略およびオペレーションのゼネラルマネージャーなども経験。
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