月給2900円のホールスタッフから資産2000億円の女性CEOに。火鍋チェーン「海底撈」、トップ交代で戦略転換

36Kr Japan | 最大級の中国テック・スタートアップ専門メディア

日本最大級の中国テック・スタートアップ専門メディア。日本経済新聞社とパートナーシップ提携。デジタル化で先行する中国の「今」から日本の未来を読み取ろう。

大企業注目記事

月給2900円のホールスタッフから資産2000億円の女性CEOに。火鍋チェーン「海底撈」、トップ交代で戦略転換

原文はこちら

セミナー情報や最新業界レポートを無料でお届け

メールマガジンに登録

続きを読む

日本でも展開している、中国最大の火鍋チェーン「海底撈(ハイディーラオ)」は1日、新CEO(最高経営責任者)に楊利娟前COO(最高執行責任者)が就任したと発表した。創業者の張勇氏はCEOを退任するが、取締役会長および業務執行取締役として留任する。

新CEOの楊利娟氏のサクセスストーリーは奇跡のようだ。楊氏は実家の借金返済のため、中学校に通うのをやめて飲食店のホールスタッフとして働き始めた。海底撈が開業した1994年、創業者の張勇氏は彼女が働いていた飲食店に食事に訪れ、その有能さをひと目で見抜いたという。楊氏は当時17歳で、月給は120元(約2200円)だったが、張氏は月給160元(約2900円)を提示して自身の店に引き抜いた。海底撈が1店舗しかなかった時代から、楊氏は張氏のあらゆる計画の忠実な実行役になった。

張氏は楊氏の実家の借金返済のために800元(約1万5000円)を肩代わりしたこともある。それ以来、彼女は海底撈に対して「自分の家であり、いくら積まれても他店には引き抜かれない」との帰属意識を持つようになった。

海底撈が創業地の四川省簡陽市で2店舗目を出店した時、19歳の楊氏は1号店の店長となった。後に四川省から中国全土へ事業を拡大させた立役者として、20歳になった98年には西安店を任され、100人以上の従業員をまとめることになる。西安店は海底撈が四川省外で開いた初の店舗だ。2012年、34歳になった楊氏はチェーン全店の運営を任されるようになっていた。同年、海底撈はシンガポールに海外初の店舗をオープンし、海外進出の一歩を踏み出す。その後は米国にも進出しており、出店場所の選定から交渉まで、海外進出に関わる全てのプロセスにも楊氏は関わった。

海底撈に入社して27年、開拓精神に溢れた楊氏は、ホールスタッフからCEOにまで上り詰めた。21年4月、楊氏は保有資産16億ドル(約1850億円)で米誌フォーブスの世界長者番付の1931位にランクインした。

しかし、海底撈を取り巻く状況はかなり厳しくなっている。先月21日には業績予想を下方修正し、21年は増収減益になる見込みだと発表した。売上高は40%増の400億元(約7300億円)となるものの、純損失も38〜45億元(約700〜830億円)となり、上場以来初めて損失を計上する。

最も直接的な原因となったのは、新型コロナの感染拡大中に事業を急拡大して失敗したことだ。20年、コロナ禍で店舗賃料が安くなったため一気に500店以上も新規開業したのに続き、21年上半期にも200店以上を出店している。しかし下半期に入ると一転して300店近くを閉店した。

21年11月、海底撈は「啄木鳥計画」を発表し、楊氏がプロジェクトの責任者に就いた。海外店舗を含む不採算店舗を閉鎖し、同時に一部の職能部門を再建・強化して管理体制を立て直し、業績悪化に歯止めをかける計画だ。

これまで楊氏の強みは新規出店や新たなマーケットの開拓にあったが、現在任されているのは既存店を「守り」、緻密な運営をしていくことだ。プロジェクトが実施されて数カ月、海底撈の取締役会は彼女の能力を高く評価したようだ。社内のマネジメント体制にも経営状況にも明らかな改善が見られ、厳しい業績評価で店舗や従業員をふるいにかけて行く手法が認められた。

楊氏の主導のもと、海底撈は確かに「元気を取り戻し」つつある。光大証券(Everbright Securities)のレポートによると、海底撈が今年 1月に開店した店舗数は一桁台で、全体の回転率も上がって前年同期比で106%となっている。

「最もイケているホールスタッフ」楊利娟氏がどのように海底撈を苦境から救い出すか、期待が集まっている。

原文:WeChatアカウント「天下網商(ID:txws_txws)」
(翻訳・山下にか)

原文はこちら

セミナー情報や最新業界レポートを無料でお届け

メールマガジンに登録

関連キーワード

セミナー情報や最新業界レポートを無料でお届け

メールマガジンに登録