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中国をよく旅行する人なら、ホテルで配送(配膳)ロボットにお世話になったことがあるかもしれない。
部屋で食事を注文をすると、やがて「ホテルに料理を届けた」と配達員からショートメッセージが送られ、数分後には「テイクアウトが到着したので、ドアを開けてください」と内線電話が鳴る。ドアを開けると、そこにはかわいらしい丸いロボットが前にちょこんと立っている。
ロボットは「部屋番号を入力してハッチを開けてください。アイテムの回収が終わったらハッチを閉めてください」と案内し、要件を終えると静かに去っていく。
ロボットによる配達を初めて見たときは、その体験に感動し写真やビデオを撮るだろう。ただ、慣れというのは恐ろしいもので、何回か経験するうちに冷静に受け止めるようになっていく。

活躍するも意外に「辛口評価」が多い
中国のSNSでホテルの配送ロボットの評判を見ると、「ロボットが部屋の前に到着したのに、配達品を届けなかった」「間違った部屋に配達した」「エレベーターの中に一緒に入ったときはロボットに道を譲るよう強制された」「酔った顧客とトラブルになり、蹴り倒されて故障し、4500元(約9万円)の修理費の支払いを客に命じた」といった、最初の近未来的な期待とは裏腹に、残念な体験談が多く投稿されている。
ホテルは床の素材がさまざまで、カーペット敷きの通路や階段、狭い廊下など、障害の多いルートも少なくない。そのため、迷子になったり、動けなくなったり、さらには歩行者や障害物に衝突したりすることもある。特にピーク時には複数のロボットが同時に配送に出ることもあり、互いに「道を譲ってください」と主張し合って譲らず、廊下でロボット同士の“渋滞”が発生することもある。その結果、料理の配達が大幅に遅れたり、料理がこぼれたりといったことにつながることもある。

辛口評価ばかりを並べてきたが、ロボット導入には「人と会わずに済む」という明確なメリットもある。中国でも若者層を中心に、適度な距離感を好み、プライバシーへの配慮を重視する傾向が強まっている。実際、日本のホテルやネットカフェ、カラオケ店などでも、通行の妨げにならない形でロボットが配達してくれたら便利だと感じる読者もいるのではないだろうか。
とはいえロボットは本来、人間の労働を代替する存在のはずだが、完全な代替にはなりきれていない。配送ロボットはあくまで労働力を「補完」するものであり、ホテルに一定の利便性をもたらすものの、人間の役割を完全に置き換えるには至っていない。これが業界の共通認識となっている。

ブームから一転、競争激化で退場する企業も
では、それでも導入する価値があるのか。現在、ロボット1台の購入コストは、競争の激化により以前より大幅に下がり、1~2万元台(約20万〜40万円)で購入ができる。そのため、投資回収期間は短くなったと言われる。しかし一方で、メンテナンス費用は依然として高額だ。多くのホテルではロボット導入に際して、フロア導線や内装の改修が必要となるケースもあり、トータルの導入コストには注意が必要だ。
そもそも、ホテル内配送ロボの普及が加速した背景には、新型コロナウイルスの感染拡大がある。感染リスクが低く、人手不足が深刻化し、人件費も高騰していた2020~21年、非接触で業務を担える配送ロボットの導入が進んだ。これにより、同時期は配送ロボットの販売台数が急増し、大きな話題を読んだ。
しかし、その後の展開は厳しかった。2021年後半には人員削減や赤字に関するニュースが相次ぎ、2022年には関連スタートアップ企業の資金調達も減り、業界の冷え込みが表面化し始めた。多くの配送ロボット企業は、出資元から業績向上を迫られ、盲目的に事業を拡大。過度な価格競争に陥り、ビジネスリスクが高まった。本来、業務の効率化や集客につながれば、ホテル側にとってロボット導入のニーズは十分にある。だが、残念ながら前述の通りホテル利用者は冷ややかで、最初に注目されたものの、ビギナーズラックは長続きしなかった。
そして2025年に入り、人間のような二足歩行で歩き、犬のような四足歩行のロボットが高度に進化し、個人でも買えるようになった。こうなると、ホテルで稼働するロボットはそれらと比べて見劣りし、話題性や集客力といった“付加価値”としての役割を徐々に失いつつある。
たとえば、業界をリードする企業の一つであるY社は、設立以来、著名な投資機関からこれまでに8回の資金調達を受けてきた。しかし、直近の3年間では累計150億円以上の損失を計上している。同社は多数の特許を保有しているものの、強みは主にハードウェアの構造設計に偏っており、AIによる意思決定システムやマルチモーダル知覚といったアルゴリズムに基づく独自の技術エコシステムを構築できていない。これはY社に限った話ではなく、業界全体に共通する課題であり、多くの競合他社も差別化できる中核技術の欠如というジレンマに陥っている。こうした明るい材料が少ないことから、業界全体の長期的な発展に影響を及ぼしかねない。
夢を見せてくれたホテル配送ロボットだが、競争の激化によって単価が下がり、売上は伸び悩み、研究開発に投じる資金もが削減された。その結果、新たなロボットの登場により存在感が薄れ、テック業界でよく見られる「栄枯盛衰」のサイクルが、わずか数年で繰り返されることとなった。
とはいえ、ホテル配送ロボットが完全に姿を消すとは考えにくい。体力がある企業が残り、引き続き販売を続けるという展開は十分にあり得る。ただし、今後大きな研究開発を重ねて進化するということは期待できそうにない。
(文:山谷剛史)
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