シンガポールのデジタル銀行、免許申請に群がる中国企業 強豪ひしめく混戦模様に

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シンガポール通貨金融庁(MAS、中央銀行)は先月、デジタル銀行の免許を交付する件について、昨年末までに21件の申請があったと発表した。内訳は、個人の預金を預かり金融サービス全般を提供できる「フルバンク免許」が7件、法人向けの「ホールセール免許」が14件だった。

一方、最終的な交付枠はフルバンク免許が2件、ホールセール免許が3件の合わせて5件のみという。今年6月に交付対象の企業名が発表される予定で、取得企業は早ければ2021年にも営業を開始できる見込みだ。

申請に名乗りを上げたのは、シンガポールのテック企業で東南アジアから初めてニューヨーク証券取引所に上場した「Sea Group」、同じくシンガポールのユニコーン企業でオンライン配車サービスを手がける「Grab(グラブ)」、日本の三井住友海上火災保険、中国のアリババ集団傘下のフィンテック企業「アント・フィナンシャル(螞蟻金服)」、ショート動画アプリ「抖音」(Douyin、海外版は「TikTok」という)を運営する「バイトダンス(字節跳動)」、スマートフォン大手の小米(シャオミ)傘下で金融サービスを手掛ける「小米金融(Xiaomi Finance)」、アジア太平洋地域で事業を展開するフィンテック企業「ADVANCE.AI」など多彩な顔ぶれが並んだ。

シンガポールは世界金融センター指数ランキングで香港に次ぐ4位であり、同国の金融業にとって銀行業は重要な原動力となっている。シンガポールの会計事務所「3E Accounting」によると、シンガポールには外資系銀行と国内資本の地場銀行が計117行ある。地場大手3行は政府系国内最大手の「シンガポール開発銀行(DBS、The Development Bank of Singapore Limited)」と「華僑銀行(OCBC、Oversea-Chinese Banking Corporation)」、「大華銀行(UOB、United Overseas Bank)」で、この3行だけで市場シェアの大半が占められているのが現状だ。

また、シンガポールの銀行口座保有率は非常に高く、世界銀行の「2017年版世界金融包摂データベース(Global Findex)」によると、同国の15歳以上の人口に占める銀行口座保有者の割合は95%以上と、香港を若干上回る水準だった(中国は80%)。銀行のリテールサービスが十分に普及していることを裏付けるものだ。

こうしたことから、中には免許の交付申請を取り下げた企業があるのも頷ける。クロスボーダー決済を手がけるシンガポールのスタートアップ「Nium(旧Instarem)」は、昨年11月にホールセール免許の申請を取り下げた。「これほど整備され発展した銀行業界に参入したとしても実入りは少ないだろう」というのが理由だ。免許申請は「強豪ひしめく混戦模様」を呈しているが、各社は一体どのような算盤を弾いているのだろうか。

デジタル銀行免許、うまみはいかほど

フルバンク免許を申請する場合、条件はホールセール免許よりも厳しい。最低払込資本金を15億シンガポール・ドル(約1200億円)とすることや、実質的経営者をシンガポール国民とし、シンガポールに本社を置くことなどが求められる。外資系企業がフルバンク免許を申請する場合は、地場企業と合弁会社を設立し、シンガポールに本社を置くことなどとなっている。

一方、ホールセール免許の条件はやや緩く、シンガポールに会社登記があればよく、最低払込資本額は10億シンガポールドル(約800億円)となっている。

シンガポールの銀行業界では中小企業が主要顧客となっている。2011年に同国政府は中小企業の定義を見直し、年商1億シンガポールドル(約80億円)以下、従業員数200人以下と規定した。シンガポール経済の中核となる中小企業の数は全体の99%を占め、国内総生産(GDP)の半分近くを占めるほどだ。

一方、3E Accountingの分析によると、銀行は信用リスクの高い中小企業向けの貸出を控える傾向があるほか、中小企業が銀行から受けられる融資枠もP2P(ピア・ツー・ピア)レンディングなどの融資プラットフォームに比べ低い。

こうしたことも、シンガポールでフィンテック系スタートアップがブームになっている一因であり、今やその数は400社以上にも上っている。今回、免許を申請した企業は、膨大な数の中小企業が融資を受けにくい状況にあることに商機を見出しているようだ。

香港ではすでにデジタル銀行設立の試みが行われている。中央銀行にあたる香港金融管理局(HKMA)は2018年にデジタル銀行の免許申請の受け付けを開始し、数多くの申請企業の中から8社を選んで交付した。アント・フィナンシャルや、IT大手テンセント(騰訊)、スマートフォン大手のシャオミ、大手EC京東(JD.com)、オンライン旅行会社大手「携程(Trip.com)」、中国平安保険傘下の「金融壹帳通(One Connect)」、ネット保険大手の「衆安保険(ZhongAn Insurance)」などが交付を受けた。

中国ではこれに先立つ4、5年前にデジタル銀行の設立が認可された。テンセント系のネット専業銀行「微衆銀行(We Bank)」、アント・フィナンシャル傘下のネット専業銀行「網商銀行(MYbank)」などだ。

日本や韓国でもすでにデジタル銀行が登場し、台湾でも昨年、初のデジタル銀行免許が交付された。シンガポールに続きマレーシアも先ごろ、デジタル銀行の免許を5件交付すると発表した。

強者連合を組む狙いは

今回の免許申請にあたっては、成功率を高めるために大半の企業がコンソーシアム(企業連合)を組んで申請に臨んだ。前出のGrabはシンガポールの大手キャリア4社の一角「Singtel」と手を組んだ。香港証券取引所に上場するゲーム会社「Razer」は複数の企業と組み、このほか高級紅茶ブランド「TWG Tea」などを傘下に持つシンガポールの「V3 Group」は、同じくシンガポールの交通系非接触型カードと電子決済サービスプロバイダー「EZ-Link」と組んだ。

一方、中国企業は申請条件が厳しいこともあって、ホールセール免許の申請に殺到した。

今のところ、アント・フィナンシャルとバイトダンスが組んだ相手側企業についての詳しい情報は入っていないが、小米金融が組んだのは、香港の金融グループ「尚乗集団(AMTD Group)」、シンガポールの中小企業向けクラウドレンディング「Funding Societies」、同じくシンガポールの電力・ガス大手「SP Group」だという。

このほか、中国のフィンテック企業「瀚德科技(HDFH)」(創業者は微衆銀行の前総裁、曹彤氏)とネット専業銀行「億聯銀行(yillion bank)」(東北初の民営銀行で、生活関連O2Oサービス企業「美団点評(Meituan Dianping)」が主要株主)が、シンガポールのフィンテックを活用した資産管理会社「iFAST」の陣営に加わった。

前出のADVANCE.AIのシンガポール法人は、サプライチェーン・ファイナンスを手掛ける香港上場企業「盛業資本(Sheng Ye Capital)」、シンガポール金融大手の「フィリップキャピタル(Phillip Capital)」と組んだ。

多くの企業がコンソーシアムを組んだのには理由がある。MASの選定基準に関わってくるからだ。MASは交付企業を選定する際、技術面や管理面を重視するのはもちろんのこと、シンガポールが金融センターとして発展する上で貢献できるかどうかという点も勘案する。

業界関係筋によると、中国企業にとってこの3点目が一番重要になるという。中国のイノベーション力と技術力の高さはすでに定評を得ているが、それ以上にシンガポールの発展にどう寄与できるかが評価のカギになるのだ。

強者連合を組めば免許取得の成功確率が上がることは確かであり、どの企業も選定にあたって自社の弱点を補ってくれる相手を探したと思われる。前出のGrabがSingtelと手を組んだのは、自社の配車アプリという事業モデルに疑問を持っているからかも知れない。同業の米Uberや中国の「滴滴出行(Didi)」が赤字続きということもあって、Grabは自社の持続可能な発展を確保できる保証ができないため、Singtelと手を組む必要があったのだと思われる。

一方、こうしたコンソーシアムを組むことには弊害もある。無事に免許を取得できたとしても、事業を展開する上で各社の利益調整が難しくなるという側面があるからだ。

前出のテック企業「Sea Group」は、自社単独で申請した数少ない企業のうちの一社だ。創業者のForrest Li氏は「単独で申請したのは実力に自信があるから」と意気込む。同社は傘下にゲーム事業「Garena」、ECサイト運営事業「Shopee」、デジタル金融サービス(DFS)事業「Sea Money」を抱え、高い技術的バックグラウンドに膨大なユーザーデータ、ニューヨーク証券取引所の基準を満たすコーポレートガバナンスを確立している。

申請企業のリストをみると、今回の競争に参加した企業の大半が決済業務を手がけていることがわかる。Grabはシンガポールで電子ウォレットサービス「Grab Pay」を展開、Singtelも同じくモバイル決済サービス「Dash」を展開している。前出のRazerのモバイル決済サービス「Razer Pay」はマレーシアで広く普及しており、シンガポールを次のターゲット市場に据えている。

デジタル銀行の免許があれば、電子ウォレット上に資産運用などの金融サービスを提供することも可能となり、莫大な資金を集めることができる。このことは中国の「支付宝(Alipay)」と「微信支付(WeChat Pay)」ですでに証明されている。

海外で免許申請する中国企業は、中国国内でデジタル銀行を展開して「味をしめた」可能性が大きい。

2015年にアント・フィナンシャルを主要株主として設立されたネット専業銀行の網商銀行は、主に中国の中小零細企業と個人事業主向けに融資サービスを展開、設立から2年足らずで黒字転換を果たした。2018年の純利益は6億7100万元(約107億円)と、前年比で66.08%の大幅増となった。同行がサービスを提供する中小企業は1200万社に上る。

一方、シャオミは2016年12月に、四川省の大手飼料・食品メーカー「新希望集団(new hope group)や、成都市を中心にスーパーを展開する小売り大手「紅旗連鎖(Chengdu Hongqi Chain)」などとネット専業銀行「新網銀行(XWBank)」を設立した。決算報告書によると、2018年の純利益は3億6800万元(約59億円)と、設立からわずか1年で黒字転換を果たした。前年は1億6900万元(約27億円)の赤字だった。

なお、デジタル銀行で最も好業績をあげているのがテンセント系の微衆銀行だ。中国初のネット専業銀行で、アリババ系の網商銀行とは若干異なり、主に個人向け小口融資サービスを提供している。決算報告書によると、2018年の売上高は100億元(約1600億円)の大台に乗せ、純利益は前年比70.85%増の24億7400万元(約396億円)と、網商銀行の純利益6億7000万元(約107億円)の3.69倍にも上った。

なお、テンセントは今回のシンガポールの免許申請について、何ら情報を開示していない。ただ、こうした中国企業の利益状況からみて、中国本土から香港に進出し、さらにシンガポールに狙いをつけていることは一目瞭然だ。

デジタル銀行の免許5件が一体誰の手に渡されるのか、数カ月後に明らかになる。
(翻訳・北村光)

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