中国半導体最大手SMIC 国内上場も完全内製化は遠く

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中国半導体最大手SMIC 国内上場も完全内製化は遠く

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半導体受託生産(ファウンドリ)中国最大手の「中芯国際集成電路製造(SMIC)」が16日、上海証券取引所のハイテクベンチャー向け新興市場・科創板(スターマーケット)に上場した。公開価格は27元(約414円)、初値はその246%高となる95元(約1458円)をつけ、時価総額は一時6000億元(約9兆2000億円)となった。SMICによると現在のPER(株価収益率)は114倍。世界最大手の台湾積体電路製造(TSMC)の23.69倍とは大きく開きがある。SMICが技術面でTSMCに追いつくまでには10年以上かかると評されているが、それでも中国国内では最先端のチップ製造技術を有している。

SMICは先月1日にIPO計画の概要を発表してから上場承認までわずか19日という最短記録で上場を決めた。公募価格と株式資本で計算すると調達額は400億元(約6100億円)以上となり、A株(人民元建ての株式)としては過去10年で最大規模のIPOとなる。

繰り返す「3年目の悪夢」

「中国半導体産業の父」と呼ばれるSMICの創業者・張汝京(リチャード・チャン)氏は、同業の世界最大手TSMCの存在がなければSMICを興すこともなかったかもしれない。1977年に米半導体大手テキサス・インスツルメンツに入社した張汝京氏は、ここでVPの一人として名を連ねていた張忠謀(モリス・チャン)氏との邂逅を果たす。後のTSMCの創業者だ。

張汝京氏は1997年に米国を離れ、台湾で「世大積体電路(WSMC)」を創業する。台湾で3社目となるウェハーのOEM企業だ。しかし、設立3年で同社をTSMCへ売却することになり、張氏は上海へ渡って2度目の起業に挑む。2000年8月、中国初の8インチウェハーの製造拠点としてSMICを設立し、3年後には世界4位のファウンドリにまで成長した。

しかし、ここで再び創業3年目の悪夢が襲う。TSMCが2003年、事業機密を不正取得し、特許を侵害したとしてSMICを米カリフォルニア州で提訴したのだ。折しもSMICは香港上場まであと一歩という段階まで来ていた。TSMCが提示した賠償額は10億ドル(約1100億円)。同年のSMICの売上高の3倍に上る額だった。

SMICの創業者・張汝京氏(左)とTSMCの創業者・張忠謀氏(右)

訴訟は2005年になって、SMICがTSMC に1億7500万ドル(約190億円)を支払うことで和解した。しかし年が明けた2006年、TSMCは最新の0.13μmプロセスの製造技術を盗用したとして再びSMICを提訴。2009年の和解時の取り決めでは、SMICがTSMCに4年分割で2億ドル(約210億円)を支払い、なおかつTSMC側に株式の10%を譲渡することとなった。さらに張汝京氏の辞任が決まった。

SMICとTSMCを率いる2人の「張氏」の特許を巡る争いは6年間続いた。張汝京氏はSMICを離職する際、「訴訟で疲れ果てた。この結果に失望している」との言葉を残している。

そして内部抗争へ

中国の半導体産業は黎明期から大国の牽制を受け続けてきた。海外の技術を導入する過程においても、企業に自国資本の影が濃くなるたびに攻撃の対象となる。

こうした経験を繰り返してきた張汝京氏はやがて生き残りの哲学を編み出した。

SMICは設立からの10年間ずっと赤字経営を続けてきたため、各方面から間断なく資金をかき集める必要に駆られていた。当初は中国資本の割合は低く、最初の上場の際に株主の多くを占めていたのがシンガポールや米国などの海外資本だった。上場先にも香港とニューヨークを選んだことで、より国際的な色彩を強めている。

TSMCとの法廷争いのさなかにあった2008年、SMICの時価総額は一時期10%にまで下落したことがある。窮地を救ったのは中国の通信設備メーカー「大唐電信科技産業(Datang Telecom Technology)」で、わずか1億7200万ドル(約185億円)でSMICの16.6%の株式を取得すると一気に筆頭株主となった。2009年にTSMCとの和解の結果、同社が株主として名を連ねるようになると、SMICの株主構成は大唐電信、TSMC、上海実業(Shanghai Industrial)の鼎立状態となった。

張汝京氏が去った後の2011年、SMICではトップの座を巡る内部抗争が勃発した。当時のCEO王寧国氏とCOOの楊士寧氏による一騎打ちだった。最終的には両者ともが覇権争いから脱落し、創業期に張汝京氏の右腕として活躍した邱慈雲氏がその間隙に納まった。半導体業界で27年の経験を持つベテランによって、抗争は幕引きを告げたのだ。

この内部抗争によってSMICは調整期に入り、しばらくは目立った業績が見られなかった。ようやく2015年になって28nmプロセス、2017年になって14nmプロセスの量産に入り、年間売上高もそれぞれ20億元(約310億円)、30億ドル(約3200億円)と大幅に伸びている。

完全国産化への道のり

SMICの成長の歴史は産業レベルおよび国家レベルで語る必要がある。2012年に中国工業情報化部が第十二次五カ年計画に付随するIC産業の発展計画を発表、半導体産業はその成否を左右する重要プロジェクトとして先行して発展が求められた。こうして半導体産業に各方面から資金が集まるようになったのだ。

内部抗争を経たSMICは意識的に株主構成を精査するようになり、自国資本の引き入れを急ぐとともにインダストリアルチェーン上の企業との結びつきを強めていった。先日のIPO目論見書をみると、SMICの株主構成は「大唐控股(香港)投資(Datang Holdings Hongkong Investment )」が12.75%、「鑫芯香港投資(Xuxin Capital)」が11.82%で、それ以外はすべて「その他の株主」とまとめられている。

SMICの株主構成(IPO目論見書より)

科創板に上場するまでの数年間、SMICは徐々にTSMCの持ち株比率を削り、三大株主の一角をしめていた上海実業も主要株主から除外した。2015年には半導体産業に特化する「国家集成電路産業投資基金(National Integrated Circuit Industry Investment Fund)」を招き入れ、より多くの自国資本で株主陣を固めた。

科創板上場初日に200%を超える上げ幅を記録したのも、こうした「国家チーム」による援護射撃と無関係ではない。国家集成電路産業投資基金(第二期)は総額30億元(約460億円)以上に上る購入引き受けを行っている。

企業にとって技術面で先発優位を得られるかどうかは重要だ。好循環に乗れるパターンは、まず技術プロセスで一歩リードし、市場の大部分の受注を独占する。次にその収益をさらなる技術開発や生産ラインの増設に充てる。そうすれば技術面で他企業のさらに上を行ける。

SMICが12nm以下の製造プロセスを目指している段階で、TSMCはすでに2nm以下に挑み、手応えをつかんでいる。競争が激しくなれば時間的猶予もなくなってくる。SMICは現段階では完全国産化を実現するのは難しいだろう。いまだ米国などの先進企業から製造設備を提供してもらう必要があり、短期的には国産設備で完全代替することはできない。将来的に7nm以下の製造プロセスを目指すなら、これは必ずクリアすべき課題だ。そのためにはSMIC一社の力ではなく、産業全体の発展を促しながら進める必要がある。中国本国への上場を機に、さらなる生産能力の拡充も必要だろう。
(翻訳・愛玉)

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