2018年8月16日、中国で最も時価総額が大きい騰訊(テンセント)社の株価が大きく下落したことが話題になった。
少し時間が経っていて恐縮だが、中国語のIR(投資家向け情報)から決算資料を読み解き、同社の展望、そしてその死角について書きたい。
騰訊(テンセント)社とは?
36Kr日本版をご覧の方ならご存知だと思うが、中国に関心の薄い方は聞いたことがないかもしれない。
簡単に騰訊について紹介したい。
英語ではTencent、日本語ではテンセント、中国語では腾讯(Teng Xun)と表記する。
香港証券取引所に上場するIT企業である。
騰訊はどのようなサービスを提供しているのか。
公式サイトからそのプロダクトポートフォリオをみてみたい。
https://www.tencent.com/zh-cn/system.html
プロダクトは大きく7つのカテゴリに分けて紹介されている。
()内は中国語
1.SNS(社交)
2.金融(金融)
3.エンターテイメント(娱乐)
4.情報(咨询)
5.ツール(工具)
6.プラットフォーム(平台)
7.AI(人工智能)
である。
この中で圧倒的な強みを持っているのがSNS領域だ。
QQはMAU(月間アクティブユーザー数)が8億、微信(WeChat)は10.5億もある。
両方ともメッセンジャーアプリではあるのだが、支払い機能やインスタグラム的機能、ゲームのプラットフォーム機能もあり、一言では説明が難しい。
この記事では詳細な紹介は割愛するが、とにかくこの2つのアプリは中国人の生活に深く密着しており、この分野では圧倒的なシェアをほこる。
騰訊の凄さを理解いただくために時価総額について触れたい。
同社の時価総額は2017年11月にアジアの企業として初めて5000億ドル(55兆3000億円)を突破した。
この5000億ドルがどれくらいスゴイのか?
日本最大の企業トヨタと比較するとわかりやすい。
2017年11月時点でトヨタの時価総額は約2000億ドルであった。
騰訊社はトヨタの2倍の企業価値がある、と書けばそのスゴさをご理解いただけると思う。
ちなみに株価下落の影響で、2018年8月20日時点で騰訊の時価総額は4392億ドルであった。
同日のトヨタの時価総額は約2200億ドル、NTTドコモが約1100億ドル、ソフトバンクグループが約1000億ドルであったので、これら3社を足すと、ちょうど騰訊と同じ時価総額になる。
騰訊の決算情報を読み解く
騰訊の株価推移
騰訊の株価は上場してから、まさにうなぎのぼりであった。
下のチャートは上場から現在までの株価推移である。
2004年の上場時は1株0.8香港ドル(2018年8月時点のレートで11円)であった。
最高値をつけている2018年2月では466香港ドルだったので582倍、
2018年8月21日現在でも株価は352香港ドルなので440倍にもなっている。
さて、ではなぜ2018年2月から8月にかけて約25%も株価が下落したのか。
8月15日に発表されたIRを見てみたい。
今回の決算ハイライト
騰訊の2018年第2四半期決算は以下のリンク(PDF)から見ることができる。
資料にある2018年第2四半期の重要な部分について翻訳をする。
総売上は736.75億元で前年同期比プラス30%
営業利益は218.07億元で前年同期比マイナス3%
営業利益率は40%から30%に下降
経常利益は185.8億元と前年同期比プラス2%
経常利益率は32%から25%に下降
売上は1兆円の規模があるにも関わらず、30%も伸ばしており、好調と言って良いのだが、
それでも株価が25%も下がってしまったのには、いくつか理由がある。
株価下落の理由1:初の減益決算
営業利益が前年同期比でマイナス3%となっている。
実は減益の決算を出したのがこれが上場来初で、投資家を驚かせた。
株価下落の理由2:利益率の低減
これだけの規模で、利益率20%台を叩き出しているだけですごいのだが、
利益率が緩やかに下降している。
http://www.tencent.com/attachments/ResultsPresentation2Q18.pdf
上記のグラフには15年第1四半期からのデータが載っている。
上からGAAPでの総利益率、Non-GAAPでの営業利益率、純利益率の推移だ。
ゆるやかではあるが、利益率が下がってきているのが分かる。
ただ、トヨタの税引前当期純利益率が5~6%なのに対して、騰訊は各事業で20%以上の利益率を叩き出しているので、十分すごいのに変わりはない。
しかし、投資家にとっては不安な材料に映ったものと思われる。
株価下落の理由3:ゲーム事業の逆風
騰訊の売上構成比を見てみると、オンラインゲーム事業が34%とある。
ほかの事業を圧倒する売上構成を誇っており、オンラインゲームが同社の主力事業であることがわかる。
しかし、このゲーム事業で2018年上半期は逆風が吹いた。
中国では出版物などを審査/管理する機関がある。(国家新聞出版広電総局という)
ゲームもここの機関の管理下に置かれるのだが、この組織が2018年3月に再編成されている。
現在もこの組織人事は調整中であるため、新しいゲームを審査する部門が宙ぶらりん状態なのだ。
そのため新しくリリースを予定していた、かつ目玉タイトルであったゲーム「PUBG」のリリースが遅れてしまっているのである。
また、8月13日に騰訊が運営するPCゲームプラットフォームWe Gameで予約販売されていた「怪物猟人:世界(モンスターハンター:ワールド)」の表現が不適切なことを理由に販売を停止するようにお達しが出た。実際、8月15日にWe Gameから削除されており、8月20日には事前に購入したユーザーに返金がされている。
このように、2018年第2四半期に主軸であるゲーム事業が外部要因によって冬の時代を迎えてしまったため、パッとしない決算となり、株価下落に拍車をかけたのだ。
騰訊の展望と死角
騰訊のもう一つの顔
騰訊は自社サービスで圧倒的シェアを持つ事業会社としての顔と、もう一つ投資会社としての顔を持つ。
むしろ投資会社としての顔が、これからは本当の顔になっていくかもしれない。
国内外を問わず、騰訊が出資している企業を一部紹介する。
・華誼兄弟伝媒股份有限公司(Huayi Brothers Media Corporation)
映画配給会社。騰訊は筆頭株主。
・芸龍旅行網(eLong)
「じゃらん」のような旅行サイト。騰訊は第2の株主。
・金山軟件股份有限公司(KINGSOFT)
日本法人キングソフトはご存知の方もいるかもしれない。
騰訊は筆頭株主。
・滴滴出行(DiDi Chuxing)
タクシー配車サービスなどライドシェア。7億ドルの出資。筆頭株主。
・58同城(58.com)
中国最大級のクラシファイド サイト。
・人人車(Renrenche)
中古車のCtoCサイト。
・テスラ
アメリカの電気自動車メーカー。
・Spotify
音楽配信サービス。
・知乎(Zhihu)
FAQサイト。
・摩拜単車(Mobike)
シェアサイクルサービス。
などなど、枚挙にいとまがない。
公開していないものもあると思われ、数百社規模で投資をしていると考えられる。
中には未上場の会社もあり、仮に上場すると巨額のキャピタルゲインが騰訊に転がり、大きな収益をもたらす。
騰訊の展望
個人的には騰訊は、今後も中国を代表する企業として成長しつづけると思う。
今の自社プロダクトおよびサービスの中国国内における圧倒的なポジション、有望で複数の投資先を見れば、短期的には株価を大きく下げても、数年以内には株価も高値を更新するはず、というのがだいたいの見通しではないだろうか。少なくとも私もそう考えている。
しかしここではあえて、騰訊の死角についても言及したい。
騰訊の死角=人材と新たなルール
私はこれまで2度、騰訊社内の人間とやり取りをしたことがある。
1度目は2016年、微信朋友圈(モーメンツ)内で広告を出す際に、騰訊のオンライン広告営業担当と。
2度目は2018年6月から、法人向けカスタマーサービスツール部門の担当者とやり取りをしていた。
2018年7月にはカスタマーサービスツール導入のために、騰訊上海支社のオフィスで会議をした。
中国最大企業のオフィスがどのようなものか。訪問記を書いたので、ご興味がある方は私のブログもご覧頂きたい。
さて、もちろんそれぞれ違う担当者ではあるのだが、どちらの担当者も気持ちの良いコミュニケーション、スムーズな業務進行ができなかった。
営業担当の良し悪しは運にもよるが、2人連続で、騰訊の営業担当には良い印象を持つことができなかった。
例えばこんなことが発生した。
・営業担当なのに、他人事のような話し方をしてくる
・自社製品を理解しておらず、社内の人間に確認ばかりする
・巨大企業なので、自分の分からないことを誰に聞けば良いかわかっていないため確認に時間がかかる
・社内営業が下手なので確認の後に返ってくる答えがトンチンカン
・これは私の業務範囲ではないと「我拉群吧(違う人間を入れたグループチャットを立ち上げるので、そいつに聞け)」と言う
・事前に確認し「できる」と言っていたことが実際はできなかった
・途中で担当が交代になったが引き継ぎがされておらず、私がまた一から説明した
などなど、だ。
これまでも中国人の方と仕事はしたことがあるが、優秀な人とやり取りしたときは気持ちの良いコミュニケーション、スムーズな業務進行ができていた。
したがってこれは日本人と中国人に違いによって発生しているのではない。
私がやり取りをしたのは一営業担当なので、末端の人間だ。
ただ末端の人間にこそ企業の顔が出ると思うので、騰訊の一部では大企業病に侵されている人材がいると言える。
また、中国国内でこれから検討されるという金融に関する新ルールが死角になるのではないか、と考える。
第2四半期の最終営業日、2018年6月30日にある新しいルールが運用開始された。
「第三者支払いサービスでお金を移動させる場合、必ず『網聯』を介すべし」というものである。
微信(WeChat)は圧倒的なシェアを持つと先述した。その中で最も使われている機能の一つが、微信支付(WeChatPay)と呼ばれる支払い・決済機能だ。
ライバル企業のアリババが提供する支付宝(Alipay)と微信支付が双璧となる第三者支払いサービス(モバイル決済)なのだが、お金の流れが2018年6月30日以降に変わっている。
例えば、これまではAさんが微信支付を経由してBさんへお金を移動した場合、どこも介すことなく直接お金が移動していたため、国はこのお金の流れを把握できなかった。
モバイル決済が始まった当初はそれほど大きな流通金額ではなかったが、この流通金額が巨大になってきたため、国はこれを把握する必要が出てきた。
そこで「網聯」という仕組みを作ったのだ。
中国人民銀行、騰訊、アリババ、その他第三者支払いサービス業者が出資して「網聯清算有限公司」という会社を作り、微信支付や支付宝での支払いは必ずこの網聯を経由するようにルールを変えたのだ。
2018年8月21日に人民銀行から発表された内容によると、すでに2.7兆人民元(約43.2兆円)が「網聯」を介して送金されている。中国のモバイル決済が、巨大な流通市場であることが分かるだろう。
http://money.cnfol.com/licaizixun/20180821/26785001.shtml
これまで騰訊は、微信の決済に関わる領域を自社でコントロールできていたが、これからは自社だけではなく「網聯」や国の意向を考慮しなければならない。
もしかすると今後、新しいルールができて決済に手数料が発生し(現在は無料)、ユーザーがそれを負担するかもしれない。そうすると、結果として微信の利用率が下がり、騰訊の事業にも影響を及ぼす、ということも考えられる。
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