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20年前に「タイムマシン経営」を提唱し、アメリカの最先端事例をコピーする「Copy From America」モデルによってYahoo Japanなどの事業を拡大してきた孫正義氏が、今月YahooとLineを統合することを発表。これにより、SNS、検索エンジン、EC、決済など中国IT御三家のBAT(バイドゥ、アリババ、テンセント)3社で行っていることを、なんと一社で担うことができる実に大きなエコシステムへと成長した。
そして現在、ビジネスにおいて注目するべきは、アメリカよりもモバイルオンラインビジネスが進んでいる中国。20年後の現在、「タイムマシン経営2.0」として「Copy From China」のチャンスを握りそうな日本企業はどのような企業か、そしてどの分野でどのように展開されるか、その中でどんなチャンスと危機があるのか。3月上旬に発売し、わずか1週間でベストセラーとなっている書籍『中国オンラインビジネスモデル図鑑』の著者であり、自身も起業家である王沁さんに聞いた。
――まずは、本のご出版おめでとうございます。なぜ、この本の制作を決めたのでしょうか?
リクルート時代も起業してからも、中国のオンラインビジネスについて聞かれることが非常に多く、そのたびに説明するのが大変だったため、それならばと、思い切って本を作りました。結局、本を作るのも大変でしたね。(笑)
中国で人気のアプリを60個厳選し、各アプリごとに詳しく解説しているのですが、すべてのアプリをダウンロードして整理し、さらにひとつひとつ試して確認していくため非常に手間がかかり、完成までに2年ほどかかりました。
――本書にはどのような思いが込められていますか?
本書にも記しましたが、本書を通じて、微力ながら日本と中国のビジネスパーソンの相互理解につながれば、それが、中国で生まれ、日本で成長した私ができる最大の貢献だと考えています。
日本には、クリエイティブな人材が豊富で、洗練された製品デザインや業務プロセス設計に長けており、安心・安全の「ジャパンブランド」という武器もあります。
一方、中国は開発者の数が桁違いに多く、効率的で迅速な改善によって日々新たな技術が生み出されるスピード感が魅力。
そして、両国に共通するのは、科学技術とチームワークを大切にする文化です。日本と中国がそれぞれの長所を生かして協力することができれば、これまでになかった革新的なサービスや製品を生み出すことができるはずです。
――リクルート時代はどのような業務を、そして、現在のご自身の企業ではどのような事業を手掛けられていますか?
リクルートでは、プロダクト本部にて新規事業統括を担当し、主に企画運営、中華圏企業との提携交渉、投資検討などの仕事をしてきました。自分が運営している企業は、慶應義塾大学在学中に作った会社ですが、現在はコンテンツ商社のJCCD.com,AIプラットフォームのAiBank.jp2つのメイン事業をやっています。
――それでは今日の本題に入りますが、率直に、中国のモバイルアプリが急速に発展する理由はどんな点にあると思いますか?
市場が大きい、データが多い、オンライン決済普及率が高い。大きくこの3つが考えられます。データが多いというのは、たとえば買い物情報、閲覧情報といった使用情報、利用情報のいわゆるビッグデータです。
――日本は、そこから何が学べるでしょう?
まず、中国ですでに数百回も進化させた製品から学ぶことができますよね。中国のベンチャー企業は、新たなサービスを加えながらすべてを底上げしていくという考えのもとで動いています。とにかくさまざまな機能やサービスをリリースし、うまくいったものだけを残していくという考え方で、「走りながら考えている」と言ってもいいでしょう。こうして試行錯誤を繰り返して作り上げた製品から学ぶことは多いと思います。
そして、2つ目にマーケティング施策。
最後の3つ目は、失敗しても良いということです。日本では、PDCAが重視されますが、中国ではTECA「T(Try)・E(Error)・ C(Check)・A(Action) 」が一般的と言えます。
よく日本では「高速PDCA」と言う言葉を聞きますが、要は「PDCA」がそもそも高速ではないという意味もあるのでしょう。そして、万が一間違ったら、Planが足りていないのではという「マイナス評価」をされるリスクも潜んでいます。一方、中国では失敗することよりも、何もやらない方がマイナス評価となります。だから失敗してもみんなチャレンジできるんです。
試行錯誤を繰り返し、失敗を恐れない、失敗しやすい環境を作るのがオンラインビジネス成功の鍵だと思います。
なぜなら、これからのオンラインビジネスのスピードは二次産業、IT時代、WEB時代と違ってモバイルインターネットの時代なので、ユーザーの嗜好や市場の動向は瞬時に変わる。大半の場合は綿密な事前計画はそもそも不可能です。
日本でも社会的にそうなっていけばいいのですが、まずは各企業が意識するべきでしょう。企業の中で「失敗してもこの人を評価する」という環境を作らなければ、誰もチャレンジできません。
――中国アプリが現在のように発展した大きなきっかけは、何だと思われますか?
特にオンライン決済が決め手でしょう。クレジットカードも同じく便利だという人もいますが、オンライン決済には、ワンクリックでできる手軽さとスピード、カード情報が漏洩しない安全性という特性があります。
何よりも、クレジットカードと違い、デビットカードと同じように手持ちの金をチャージするシステムなので信用なども必要なく、18歳以下でも利用できるため、普及率が高いという点がメリットです。
また、たとえばサイトの中に「Alipay(アリペイ) 」などの決済アプリが組み込まれている場合、そのボタンをクリックすればアリペイのアプリに飛んでいき、決済が終わって再び元のアプリに戻るというシステムで、いちいち個人情報を入力する必要もありませんし、安全性が高い。自分の決済情報を色々なサービスに記入するわけでもないので非常に使いやすいわけです。
さらに、その決済にかかる時間はクリックして戻るまでにわずか3秒ほどとスピーディー。日本は利便性の大切さを重視してこなかったように思いますが、数秒の差でもユーザーの心に影響します。
――現在、TiktokとDiDiなどはすでに日本に参入していますが、今後、さらにさまざまな中国アプリが日本に参入した場合、日本のアプリは生き残れるでしょうか。
日本の強みを活かせば生き残れるでしょう。日本企業の強みは大きく3つ。
まずは、海外の企業が日本に参入する際には障壁があります。プロダクトの品質が成功にかかわる割合はだいたい30%ほどで、さらに国を超えた場合にはローカライズの壁により、成功率が15%ほどに減少してしまいます。その分、現地(日本)に詳しいプレイヤーが中国の製品を学んだ方が、成功率は上がるでしょう。つまり、海外アプリが日本に進出してきたら、日本のプレイヤーがそれを学んで、先方がローカライズする前にその機能を搭載してしまえばいいわけです。
次にチームの問題。中国の製品が日本に入るときには、基本的に現地のチームを新たに採用しますが、商習慣の違いによってよく問題が起きます。一方、日本現地のプレイヤーなら、うまく製品の強みを学べば、参入組よりは強いはずです。
3つ目に、現地での失敗経験。日本の企業が経験している日本での失敗が強みになるでしょう。中国のデータから見ると、管理職出身のCEOより、日々プログラミングで失敗と成功を繰り返してきたIT出身者の方が、軌道修正力やプレッシャーに強いために成功しやすいという説もあります。同じく、現地での失敗経験が少ない参入組より、既に失敗経験の多い方が強くなるでしょう。さらに連続起業し、事業成功の経験者なら、試行錯誤が必要なオンラインビジネスにさらに強いと考えられます。
――ポストコロナにおいて、日本のオンラインビジネス市場にはどのようなチャンスがありますか? そして、どの業界のポテンシャルが高いと考えられますか?
新型コロナウイルスによってオフラインのやりとりが減る中、当然ながらオンラインビジネスは増えるでしょう。さらに、先日、PayPayとLINE Payが統合し、今まで完成できていなかったオンライン決済インフラがついにできたことも大きく影響しそうです。
業界ごとに考えると、特にコロナに影響されるEC(オンライン買い物)、人材流動性の増加、美意識の変化、家中需要、健康志向などに関連する分野のチャンスが大きいと思います。
人材流動性とは、副業を推奨するというトレンドと、自粛によって時間の余裕ができたことにより、1人が複数の仕事ができるようになったため人材流動性が高まったということ。仕事のマッチングサイトなども最近増えていますよね。
美意識の変化としては、たとえばオンラインでの肌診断といったサービスも需要があり、化粧品ではなくケア用品のニーズが伸びています。また、美容に関する情報サイトもニーズが増えるでしょう。人と会う時間が回復することで、整形業界も再び伸びるでしょう。
家で過ごす時間が増えたことにより、食や家電、インテリアなどへの関心も様々な変化があります。家の中で使えるトレーニンググッズや、ペット関連のグッズもニーズが高まっていますので、起業するとしたらこれらの業種が狙い目でしょう。
――日本オンラインビジネスの強みはどんな点ですか?
インフラが完備されている、iOSの割合が高い、ユーザーLTVが高い、離脱コストが高い、競争が少ない、といった点です。
インフラというのは、ネットインフラと配送のインフラ。iOSの割合が高いというのは、日本ではiPhone使用率が高く、アプリ開発のコストが下げられることです。さらに、LTV(life time value:顧客生涯価値)は、中国よりも日本のほうが高い。
そして、離脱コストとは、新しいサービスがライバルサービスのユーザーを奪うためのコスト。日本の方が、1度アプリを使ってそれが良ければ長く使う傾向があり、定着率が高いのも特徴です。
最後に、起業家の数がそもそも少なく、新規サービスが日本はまだ少ないため、チャンスが多いと考えられます。
――日本発アプリの中で良いと思うサービスは?
UX(User Experience)が良いサービスとして挙げられるのは、PayPay、Relux(旅行)、Anyca(カーシェアリング)ですね。
使いやすく、ストレスが少ない。デザインもいいし、流れも自然で、性能もいい。良いアプリとは、デザインと機能、ロジック面の3つが揃っているものだと思います。
――最後に、日本の皆様に対して、もし1つだけ教えてくださるとしたら、どんなアドバイスをいただけますか?
今回はオンラインビジネスを紹介するテーマですので、よく皆に聞かれる「どうすれば儲かるか」についてお伝えしましょう。
オンラインビジネスにおいては、自社サービスの延長線の場合以外では、基本的に、①広告、②EC、③会員(会員費、オプション、サブスクなど)の3つが収益源となります。中国のアプリも基本ビジネスモデルを見ると、少なくとも1つ、多ければ2つか3つ揃えていることが多いです。
たとえば、フィットネスサービスを提供する「Keep」などは、広告はもちろんのこと、ユーザーは無料でも使え、有料会員になれば家でパーソナルトレーニングサービスを受けることができ、アプリ内でプロテインなども購入できるといったように、3つ全ての収益源を揃えています。
日本のアプリの市場はまだまだこれからですし、一人当たりのLTVが高いや競争が少ないことに加えて、先述したように、PayPayとLINE Payとの統合によってかなり導入利便性が向上しますので、チャンスが大きいでしょう。
プロフィール
王沁(Alex Wang):中国陝西省漢中市出身。慶應義塾大学商学部卒。リクルートHD新規事業総括などを経て独立。現在は、華和結ホールディングスCEOとして、コンテンツ商社「JCCD.com」、AI・人工知能プラットフォームの「AiBank.jp」など複数の事業を経営している。自身の会社でアプリ開発も行っている。
著書に『中国オンラインビジネスモデル図鑑』(かんき出版)がある。連載コラム『日経Top Leader』ー中国ビジネス前線リポート| 王沁の着眼大局、着手小局。
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