香港、新しい時代の幕開け
セントラルの眠らぬ夜
香港証券取引所が最後のヒアリングを通知してきたのは、夜中の11時21分。
香港島の夏は蒸し暑い。51信用卡(51クレジット・カード)のCEO孫海涛氏、CFOの趙軻氏、それにこのIPOトレードにかかわるすべての仲介業者はセントラル・ワールドワイド・ハウスのとある一室で、朝から晩まで落ち着きなくワールドカップを観ていた。はじめから望み薄だということをそれとなく感じていて、帰る準備をしていた。
「まさか取引所がこんなに遅くまでやっていたとは」ヒアリングをパスしたという知らせを聞いた時、孫海涛氏はほっと胸をなでおろした。3月に目論見書を提出してからここに来るまで3か月もかかった。2018年上期は取引所に多くの企業が上場申請に押しかけた。その中に小米(シャオミ)のような企業までいたことで、関係者はてんやわんやの大騒ぎとなった。そのせいもあって51信用卡はヒアリングに長時間待たされることとなった。
向かいの国際金融センターを見ると、何室かのオフィスにはまだ明かりがともっている。あちらも徹夜作業のようで、張り詰めた空気が感じられる。
会議室では、スポンサー2社、証券引受会社数社それぞれからやってきたプロジェクト・リーダーたちがテーブルを囲み、熱く議論を交わしている。その中の一人、佳琪氏。議論に眠気を感じる暇もない。
IPOは最終局面に入ると、この重要な会議で株式の最終売り出し価格、プロジェクトに参加した各投資銀行の引受額が決定される。それはそのまま、本プロジェクトにかかわる各行の、IPO株から得られる利益に直結する。
もっと多くの分け前にあずかろうと、礼節をわきまえているはずの投資銀行も数か月にわたってやってきた自分たちの業務もそっちのけで、会社の投資家探しを支援するなどしていた。しかし時として、こういう競争も度を過ぎて互いの闘争に発展することさえある。例えば互いに業務が完了していないだのと非難の応酬合戦になったり、自社の重要な時期になぜピンチヒッターをしなければならないのかだのと言って非協力的姿勢をとったりと。
2018年6月以来、このような夜通しかつ非友好的雰囲気下での「重要会議」の回数もますます多くなってきた。それは去年末より今年初めにかけて、香港での上場を目指す企業が次々と現れ、この土壇場の時期に大挙して押しかけてきたためだ。
2018年7月9日、小米の上場によって、香港株式市場でのお祭り騒ぎの幕が開けた。この後、美団(Meituan.com)や比徳大陸(ビットメイン)のような、規模の大きな会社も、猎聘(Liepin.com)、映客(Inke)、51信用卡、宝宝樹(babytree)、找鋼網(Steelsearcher.com)など各々の分野で地位を確立したユニコーン企業も、皆上場申請書を手渡し、順番に銅鑼を鳴らしていった。ある日の取引所。8社の担当者が上場セレモニーにやってきたが、銅鑼が4つしかない。そこで2社で1つの銅鑼をそれぞれ鳴らした。
トーマツの報告によれば、2018年に香港で上場を果たした企業は180社に達し、調達規模は1,600億~1,900億香港ドル(約2兆2,700万~2兆7,000万円)、その過半数はニューエコノミー企業からのものであるとのことだ。
佳琪氏によると、彼女の所属する投資銀行では今年すでに数十もの香港IPO株の明細を受領したとのことだ。「上半期、私たちはかなりの件数のプロジェクトを請け負いました。私だけでも6、7件です」彼女のこの半年間における作業量は例年の3倍にものぼった。当然、報奨金もそれなりに増えるのだが。
この話をする直前の彼女は、証券引受会社として、クライアント会社に代わって目論見書をちょうど提出し終えたところで、かなりお疲れのご様子であった。その前はある印刷業者のところに1週間も泊まり込んでいたとのこと。書類提出の前にはすべての仲介業者がその印刷会社に集まり、打ち出された目論見書を、誤記がないか1ページずつ確認し、修正しては打ち直して再度チェック、その作業を延々と繰り返した。
上場にかかわる証券会社その他機関の利便性のため、印刷業者は一時的にではあるがセントラルにある豪華なオフィスビルに事務所を構える。快適なオフィスではある(その費用を工面するのは印刷業者だが、IPOプロジェクトにおいて数千万の費用を稼ぐことさえある)のだが、そこでの日々は投資銀行、法律事務所、会計事務所、上場会社にとっては、上場前夜の「地獄の追い込み」なのだ。
「帰らないのって?ありえないですね、そんなの。すべての資料を1週間で完璧に仕上げないといけないのですから」締日に間に合うよう、彼女は3食とも出前をとり、疲れ切った時はプレステ4でしばらく遊んで気分転換するそうだ。
「この2週間、目論見書を担当する香港の弁護士はほとんど寝ていません」と話すのは、競天公誠法律事務所のパートナー、高翔氏。「小米のような規模のプロジェクトともなると、複数のスタッフが交代で対応することになります」
それにしても、この多忙さは尋常ではない。この8年間での中国モバイル・インターネット業界における、幾たびの熾烈な競争、あまたの人たちの996制労働(朝9時から夜9時まで、しかも週6日勤務)、そして「ニュー・エコノミー」の業績とも言われた急速な発展、まるでこの3つが一緒にやってきたようだ。
中国インターネットにおける20年の歴史の中で、このような上場の波は3度あった。最初の波は2000年のインターネット・バブルで、2度目の波は2010年から2011年の間。パソコン全盛期に成長を遂げたインターネット関連会社が、その時ついに上場窓口(IPOウィンドウ)を見つけた。最初の1年で42社の中国企業がアメリカでIPOを申請したのだ。その中には優酷(Youku)、捜房(Sofang.com)、当当(dangdang.com)などの企業が名を連ねていた。
3度目の波、今まさにその真只中にいる。モバイル・インターネットで成長した各企業も組織として成熟した。発行市場で大量の資金トレードと買収案件に携わっていた、華興資本(CHINA RENAISSANCE)の包凡氏はこの状況を「モバイル・インターネット界に残っているものの、最後の取り分」と表現する。そうして企業という大魚たちは、波に乗ってアメリカ市場という大海原を目指した。
後がない取引所、リスクをとる投資銀行
昨年、香港証券取引所のCEO李小加氏はたびたび中国本土へ足を運んでいた。大きな変革をもたらしてすぐに終わってしまうような歴史的チャンスを探し求めていた。
この20年間、多数の資金調達を経験した中国ニューエコノミー企業は皆、アメリカファンドによる資金提供を受けた後、アメリカで上場を果たした。その間の収益は中国投資家には全くと言っていいほど関係のないものだ。
香港株式市場もただただ羨望の目で見ているしかなかった。取引所のデータによると、過去10年、香港市場に上場しているニューエコノミー企業の時価総額比率は、市場全体の3%にとどまった。一方種類株式を認めている、NASDAQ及びニューヨーク証券取引所においてはそれぞれ60%、47%となっている。
香港の資本市場においては、長きにわたりこのような考え方はなかった。長年香港市場でIPO業務に携わっていた高翔氏は「ゆとり」という言葉でこの2年の状況を表現した。「あの時の香港市場はひどいもので、2015年と2016年の間に扱った業務はたった2件でした」
しかし、アメリカの株式市場もそれなりに悩みがあった。多数の投資家が中国企業のことをそれほど理解しているわけではないのだ。「もし業界のリーダーなら、指針となる企業をアメリカに見つけられるでしょう。あるいは何か創造的なモデルを持っているのなら拼多多(Pinduoduo)のようになれるかもしれません」と、富途証券のCEO鄔必偉氏は分析する。「そうでないのならおそらく、アメリカに行ったところできっと見向きもしてもらえないことでしょう」
それに、アメリカ市場では言葉、情報開示、投資者との意思疎通、さらには上場費用など、中国のユニコーン企業にとってはさらに高いハードルが待ち構えている。規模の小さい企業には決してやさしくない。
だから中国企業からすると国内での上場は常に魅力的だった。しかもA株(国内投資家向けの株)の株価収益率は驚くほど高い。
中国証券監督管理委員会、通称証監会は一度、海外市場を目指す企業の国内市場への上場を促すべく制度改革を試験実施した。すると、まさに効果は表れた。2015年から多数のベンチャー企業がVIEスキームを解消し、国内回帰の準備を始めた。すでにアメリカで上場を果たしているインターネット関連企業にも非公開化の波を巻き起こした。
しかし、誰も予想だにしていなかったことは、2016年3月、秒読みともいわれていた戦略新興産業ボードの開設とIPO登録制度が相次いで取りやめになったことだ。
「A株市場で準備を進めていた多くのプロジェクトはとにかく待つしかない状況です。いつまでかも全くわかりません」発行市場での資金調達プロジェクトを多く手掛けてきた弁護士Raymond氏はこう話す。「しかも去年下期、証監会が多くのプロジェクトを否決したため、多数の企業が混乱しています」
モバイル・インターネットの波は2010年におこったたばかりだが、それよりも早くに創業し、大きな利益を上げた企業はすでに4、5ラウンドも資金調達を受けている。小米に至っては9ラウンドにものぼる。規模が大きく、評価額も高値で維持しているユニコーン企業は今、発行市場で頭を抱えている。次ラウンドでの資金提供者がほとんど見つからないのだ。
「小米、美団、滴滴(DiDi)のような会社は評価額も結構な高さで、PE(プライベート・エクイティ)も買えるものはすべて買い取っています。これ以上できることはもうないでしょう」と、あるPE投資家は話す。「あるところまで規模が大きくなると、淡馬錫(テマセック)や中国投資のような政府系ファンドしか引き受けてくれません。あってもせいぜいソフトバンクくらいでしょうか。それでも1ラウンドが関の山です。そのあとはもう上場しか残っていません」
これは香港証券取引所と李小加氏が必死になってつかんだ歴史的チャンスだ。もしこれがなかったら、ユニコーンたちは確実にアメリカ市場へと舵を切ったことだろう。
去年7月、香港証券取引所は改革意見の募集を始めた。ある投資銀行の関係者によると、李小加氏はたびたび中国本土に足を運んでは、小米、美団、アント・フィナンシャル、滴滴の会社役員と会食していた、とのことだ。それらユニコーンたちに、香港市場へ来てもらうための働きかけだったようだ。
2017年下半期は、衆安(ZhongAn)、閲分(China Literature)、雷蛇(Razer)、易金(Yixin Group)が相次いで上場し、香港資本市場のニューエコノミー企業呼び込みは一気にピークに達した。これとは別に、2015年には上海証券取引所で香港株が買えるようになり、ますます多くの資金が中国本土から香港に流れていった。
51信用卡の、去年7月15日に行われた中間総会で、孫海涛氏は香港進出を決定した。「あの時すでに、香港取引所の改革意見募集のことは聞いていました。それに香港とは時差もなく、言葉も同じなのでアメリカ上場は取りやめました」と、孫海涛氏は語った。
猎聘のCEO戴科彬氏も同じようなことを考えていた。もともとVIEスキームを解消して本国で上場するも、抵抗されて板挟み状態に。「去年、香港取引所の関係者が突然やってきた、AB株改革のことで話をしたんです。その時、ぜひ香港市場に、とオファーを受けました」しばらく検討した結果、猎聘は1月13日正式に香港上場に向けて動き出した。
小米の香港上場計画は今年1月にスタートした。ある情報筋によると、李小加氏は小米、美団などの巨大企業の関係者と面会した際、香港市場の種類株式導入はまだ成果が出ていないが導入には自信を持っていて、必ず政府を説得する、と話していたそうだ。時を同じくして、すべての投資銀行、法律事務所、仲介機構も皆このうわさを聞きつけ動きはじめていた。
「去年はあちこち飛び回って、一年しないうちに移動距離が30万kmを超えました。1週間で5、6都市まわったこともありましたからね。今持っている航空会社のマイレージカードが全部ゴールドになりました」高翔氏は航旅綁横(umetrip)の画面をちらっと見てこう話した。彼はいつも始発のフライトで出発し、深夜のフライトで帰ってくる。「最近は顧客の状況も急を要するので、フライト中に電話に出られず対応が遅れた、なんてことは避けたいんです」
この半年の佳琪氏は、週に2、3回も本土へ出張する日々を送っていた。「プロジェクトの初期にはクライアントと打ち合わせしないといけない、細かい項目がたくさんあるんです。しかも電話だけでは認識のすり合わせがうまくできないんです」同行している「ひよっこ」たちはさらに大変だ。昼間は適正調査に走り、夜はホテルで資料をそろえ、データシートや財務モデル、パワポでプレゼン資料の作成と、基本的な作業を大量に捌く。毎日夜中の2時、3時ごろまで作業が続くのだ。
転職やヘッド・ハンティングが頻繁に行われるようになってきた。「去年末から今年初めにかけて、香港では多くの財産管理機関で販売部門の人員が部門ごと、投資銀行に引き抜かれていきました。その人たちの給料は倍増しました」ある投資銀行の関係者はこう話す。「どの投資銀行も、この時期になって大量の香港IPOプロジェクトにかかわるようになったため、とにかく早く販売部門を補強しないと顧客の株取引に影響が出るんです」
二級地場銀行さえも高給を用意して、外資銀行の投資部門を狙ってヘッド・ハンティングを行うところがある。そして引き抜いた人員で、ニューエコノミー企業のIPOに対応するチームを編成するのだ。一方、時を同じくして投資銀行の側では実習生を大量採用、来るべき高負荷状況に備える動きが広まってきている。
従来型の外資系大型投資銀行は改革を実施中だ。JPモルガンはニューエコノミー企業の特性に適応できるよう、業界分類モデルの再構築を実行した。「私どもはニューエコノミー企業の業界ロジックに基づいてチームを編成しました。すべてのチームが科学技術のことが理解できるようにしています」と、JPモルガンのグローバル投資銀行部門中国エリア責任者の黄国浜氏は話す。さらに、JPモルガンは今後2年間で、中国での投資銀行部門の人員を40%から50%増やす計画だという。
4月30日、香港証券取引所において議決権種類株式制度が承認されると、上場を待ちわびていた企業が一気に押し寄せてきた。
「この業界で14年やってきましたが、市場がこんなにも活気づいているのは初めて見ました」と、高翔氏は感極まる。氏はいくつかプロジェクトの取捨選択をしたものの、なお仕事量は去年の倍になった。7月の終わりまでに彼の法律事務所が完遂した香港IPOプロジェクトは25本にのぼる。
セントラルの投資銀行からすると、これは金融市場におけるポスト再編の機会の一つだ(従来型の外資市場では、中国資本の投資銀行はなかなか上位ポストに就くことができない)。
しかし、ゴールドマン・サックス、モルガン・スタンレー、JPモルガン、クレディ・スイスなどの一流外資企業は「輝かしい」過去の業績と、世界中に張り巡らせたセールス・ネットワークにより依然優位な状況いる。「誰が上場しようとなるべく多くの資金を集めたいはずです。強力なセールス・ネットワークを探さないといけません」と、ある投資銀行関係者は話す。
美団の場合、共同スポンサーはゴールドマン・サックス、モルガン・スタンレー、バンク・オブ・アメリカ・メリルリンチという3社の大投資銀行だ(一般的に、スポンサーは80%を超える引き受け費用を持って行ってしまう)。しかし華興資本は、美団の過去における幾多の資金調達と買収に携わったことで、IPOの際に独占財務顧問のポストを獲得した。
しかし今、香港市場上で中国投資家の資金を大量に抱えている一流地場投資銀行は、その人気が非常に高まっている。「多くの香港IPOプロジェクトで、取り分の70%が、中国の機関投資家に売却されています」と話す、中国国際金融香港投資銀行部責任者の陳永興氏はあるデータを公表した。香港の流通市場ではここ最近投資家の構成が変わってきていて、ニューエコノミー企業は中国国内の投資家の動向に強い関心を持っている。
2、3世代目の投資銀行は、ニューエコノミー企業のIPOプロジェクトの経験を懸命に積んでいこうとしている。「顧客開拓が先です。今はまだ利益追及せず、価格も低く抑えています」と、ある二級地場投資銀行のスタッフは話す。
形勢逆転できるかどうかは、いかにして少ない元手で中国本土の資本を動かせるかにかかっている。
富途証券はこれにより、思いがけずIPOの配当金を手にすることができた。毎月日本へ行って友人たちと集まっていた、CEO鄔必偉氏もこの半年間は一度としてその時間が取れず、何の備えもなく「職業人生で最も多忙な日々」を送っていた。
「我々のようなネット証券会社がプラットフォーム上で取引する顧客はすべて個人投資家です。以前香港でIPO申請した会社は全く我々の存在に気付いていませんでした」と、鄔必偉氏は話す。しかし転機がやってきた。富途証券は今、香港/アメリカ株の顧客を抱えている。その数は500万を超えている。メインの顧客は国内インターネット関連会社の社員だ。「彼らが気付く前、ニューエコノミー株のいくつかは富途のオーダーフォーム上で非常に活気づいていました。なので、発行段階になったらぜひ我々に任せてもらいたい、と思いました」
5月のある日、鄔必偉氏は北京で小米の共同創始者黎万強氏と会い、小米の証券引受団の、最後の参加メンバーとして加えてもらうこととなった。また、最終的に公募人数の20%の持ち分を引き受けることとなった。
(7月11日の小米株取引状況。富途が最大の買方となっている)
投資銀行にとどまらずすべての仲介機構が、ニューエコノミーの株を狙って臨戦態勢をとっている。
高翔氏は小米のIPO入札のため、前日から徹夜で準備をした。頭の中で完全な小米の株主構成図を描きながら、上場構成に関する問題について検討した。彼の十数年に及ぶ弁護士人生で、入札段階になってだれにも頼らずに進めるということはかなり久しぶりのことだ。彼の知る範囲では、証券業務を主業務としている法律事務所はすべて、小米の入札応募者リストにその名が載っている。
結局、7人のパートナーと3人のベテラン弁護士を動員して応札に挑んだ競天公誠は小米のIPOプロジェクト受注をつかみ取った。そして最後は数十人の弁護士を動員、子会社それぞれの業種、分野に基づいてエグゼクティブ・チームを編成し、一刻たりとも無駄にせずしっかり7か月間取り組んだ。
しかし、1月から準備を始めて7月9日上場までの半年の間に、小米のIPO定価は大きく下落し、小米従業員たちの金銭的自由の夢は5割引きで実現することとなった。
市場の地合い、ユニコーンの値段
上場は「ウィンドウが開く」のを待ってからのほうが良い。市場におけるセオリーだ。ここでいう「ウィンドウ」とは地合いの強い時期のことで、株式を高く売り出せるのだ。
去年下期から、衆安、閲分、雷蛇、易金、平安好医生(Ping An Good Doctor)が相次いでIPO上場を果たし、の公開初日で定価のそれぞれ73倍、120倍、46倍、100倍、166倍という価格で購入された。その時の市場は非常に地合いが強かった。
「去年衆安と閲分が上場した時、香港の投資家はまるでバーゲン・セールのように買いあさっていました。この会社が何の会社なのか、これからどうするのかなんてお構いなしです」と、ある財産管理機構の販売担当者は話す。「あの時の投資家たちは皆、この2社は騰訊(テンセント)の出資だと思っていたのです」
早期に小米に入社したある社員によると、小米内部で社員に対し、社の評価額は「最低950億米ドル(約10兆5,300億円)」だと保証したことがある、とのことだ。しかし小米が目論見書を提出後、メディアは小米の予想評価額について、1000億米ドル(約11兆1,4000億円)に達するだろうと次々に報じた。
ところが、市況はすでに去年初頭から変化が始まっていた。
今年1月、香港ハンセン指数が33484という史上最高点に達したかと思うと急降下し、関係者の不安を駆り立てた。上海から香港へ流れる資金は1月が頂点だったが、その後しだいに減少、5月の資金流量は19.15億人民元(約310億円)だった。6月には再び資金が流れはじめ、その金額は109億香港ドル(約1,550億円)となり、月当たりの金額としては今年の最高値を記録した。
「我々が4月にノン・ディール・ロードショーを始めたときは多くの投資家が興味を示してくれました」と、51信用卡のCFO趙軻氏は話す。「しかし6月正式にロードショーを行ったときはかなり冷めた感じでした。市況が大きくかかわっているようです」
6月23日、小米は1週間のグローバル・ロードショーを開始したが、とても好調とは言い切れないものだった。
フォーシーズンズホテル香港の宴会場は盛り上がりに欠けていた。ある来場投資家は、質問をする人もわずかしかいなかった、と話す。「それにもし、香港ですごく人気のある株だったら、前列には香港の大ファミリー財団や外資大機構たちが陣取っています。でも今回の小米の場合、そこにいたのはほとんど中国本土の投資家たちでした」
皆の小米の評価額についての議論はだんだんと、小米の想定していた軌道からずれていった。とめどない質問に対し、雷軍(レイ・ジュン)氏は「今回の550億米ドル(約6兆1,240億円)という定価ですが、私もこのような値段をつけたくはありませんでした。どうぞ皆さんで値を付けてみてください。でもやっぱり550億米ドルもの価値はない、なんてことはないはずですが」と、悔しさ交じりに話した。
予想通りだったのは、半年前のニューエコノミー株争奪戦のような盛況ぶりは小米にはおこらなかったこと、そして計画当初の「7か所でのロードショー」は最終的に香港とアメリカ3都市にまで縮小、しかも「シャンシャン」ロードショーだったことだ。市場に有利な一連の情報に合わせて進めた結果、最終的に10倍を超える香港株の個人投資家に購入してもらう結果となった。去年9月のニューエコノミーブーム以来の、市場のもっとも冷ややかな反応だった。
ある投資銀行関係者によると、雷軍氏は投資銀行に対し、目標評価額を700億米ドル(約7兆7,900億円)と提示したものの、投資銀行が投資家に引き合いをしたところ、投資家の想定する額としては全般的にその目標額を下回っており、500億米ドル(約5兆5,400億円)にすら届いていなかった、とのことだ。「投資銀行としては、ただ雷軍氏の思いをくみ取ってやっていくしかありません。もっと多くの投資家に声をかけていけば、ひょっとすると高値で引き受けてくれる人もいないとも限りませんしね」
上場前日の午後、小米IPOの上場前取引では様子見の状態が続いていた。「明日は公募割れする」という情報がそこかしこに流れていた。結局、小米株は17香港ドル(250円)というレンジ下限額となった。
「雷軍氏がこんな値段を受け入れるとは思いもよらなかったですね」小米の旧株の取引にかかわっていた、ある投資家は驚きを隠せない。彼は今年5月、700億米ドルという価格帯で小米の旧株を購入しており、上場当日における直接損失は20%を超える、受け入れがたいものとなった。
こうして、小米のIPO評価額は1,000億米ドルから543億米ドル(約6兆500億円)にまで落ち込んだ。
「今は市場が冷え込んでいますが、IPO上場も無事果たせてうれしい限りです」小米の証券引受団と近しい、ある投資銀行関係者は感慨深げに話す。
業界関係者であるデイビッド・ウォン(David Weng)氏によると、小米のIPOではグリーン・シュー・オプション(企業は証券引受会社に対し、流通市場で株式を購入する権利を付与する。IPO上場後1か月の間に株価が発行額を割り込んだ時、株価を安定させるため引受証券会社はIPOで取得した資金を元手に株を買い戻す)が適用されたものの、市場での株価下落を直ちに食い止めることはできなかった、とのことだ。
定価というのは市場行動の一つにすぎず、発行者も投資銀行も最終的に結果を左右するのは難しい。「我々の使命は企業の価値をわかりやすく投資家たちに伝え、互いの認識の差を狭めていくことです」と、陳永興氏は話す。
佳琪氏はさらに現実路線を行く。「市場に引き合いを出して、返ってきた数字が期待してたほどではなかったとしても、それを受け入れるしかありません。とにかく発行するということが何よりも大事なのです。私たちは発行者に対してできるならすぐにでもアクションをとるよう勧めます。もしもう一度発行するとなると、おそらく同じ価格で出すのは難しいかもしれないからです」
公募割れも発生している。「証券時報」の統計によると、2018年以来香港市場で発行された新規株式のうち公募割れした株の割合は72%にも達した。閲分を除くと、上記ニューエコノミー4社の株価は大きく下落、このうち易金と雷蛇の下落幅は、公募価格の50%を超えている。
今年以来、流通市場の不透明感がますます強くなってきている。貿易戦争やアメリカの利上げは、香港市場から資金を吸い上げ、国内のデレバレッジ環境は「北水」(中国本土の金融緩和によるホット・マネー)を使い果たしつつある。そしてユニコーンたちは、上場ウィンドウが一気になくなってしまうのではと心配している。
「流通市場の投資家にしてみると、不透明な状況はよくないことです」デイビッド・ウォン氏はこう分析する。「これまで幾たびのIPOで盛り上がりを見せていましたが、どれもその背景には市場の不透明さがありました。企業が上場を急いでいたのは、不透明さによるリスクをとらざるを得なくなる前にチャンスをつかむためだったのです」
それを裏付けるかもしれない、こんな出来事があった。去年10月、美団が40億米ドル(約4,450億円)の資金調達を受けた際、王興尚氏は本当の思いとして「我々は上場しようと思えばすぐにでも上場できますが、それは最良の選択ではないのです」と語ったのだが、そう言っておきながら半年後の6月25日、このスーパーユニコーンは香港取引所に目論見書を提出していたのだ。
SPV(特別目的事業体)の設立を得意とする、あるPE投資家は今年4月末、美団のPre-IPOの資金提供者を探していた。美団によると「投資前の評価額は400億米ドル(約4兆4,600億円)、投資後は450億米ドル(約5兆円)」とのことだ。しかし、あるところまで資金が集まっていてさらに資金調達に走っていた彼はその時、なんと美団が上場するという話を耳にした。しかも、巷での評価額はなんと600億米ドル(約6兆6,800億円)にもなるとのことだった。
「これは私が今年遭遇した、最もクレイジーな事件です」美団にはしごを外された彼は大きなチャンスを逃してしまい、怒り心頭の様子だった。
「美団は単に2つの策を講じていただけにすぎず、今回のPre-IPO資金調達では評価額もしくは調達額が当初の想定に達さなかったので、すぐにあきらめて上場という手段に出たのでしょう」と、ある投資銀行関係者は分析する。
このような事例は何も美団に限ったことではない。滴滴の旧株取引にかかわった、別の投資家は今年1月滴滴の経営陣に接触した。その時のことを彼はこう話す。「先方は私に、この先18か月から24か月の間に上場プロジェクトを開始する予定であることを伝えてきたんです。半年しかたっていないのに今年中に上場を果たすという見解も流れるなんて、思ってもみませんでした」
しかし、上場ラッシュはニューエコノミー株の供給過剰を引き起こし、投資家からすると、中国本土に押し寄せるインターネット関連企業も見慣れたものとなる。そうすると投資家の、企業を見る目もますます厳しくなる。
現在、証券引受会社側では上場を急ぐ企業への対応に時間をとられ、投資家の教育が間に合わなくなっている。「去年の衆安IPOの際は、プロジェクトキックオフ前から早くも企業の経営陣と世界の潜在的投資家達とのコミュニケーションの場を設定し、企業のビジネスモデル、特徴、ビジョンを伝えてきました。このような場を2回設けました」黄国浜氏はこう語った。
「ロードショーは実のところ、結構速足でやってしまうのです。いったん始まると、その1、2週間の間、株式の売り出し可否に関しては方針を変更することができません」佳琪氏はさらに続ける。「しかしあのような短期間で、投資家が対象のニューエコノミー企業のことを理解するのはいささか厳しいかと思います」
香港の株式においては、中核的投資家を探すことで株式発行の雰囲気を醸成する。これも戦略の一つだ。ここ数年来、特にニューエコノミーの分野において、中核的投資家の中に戦略的同盟を模索する企業が多く現れた。「我々が易居(E-House China)のIPOに携わっていたときは、中核的投資家として淘宝(タオバオ)と華僑城(かきょうじょう:Overseas Chinese Town)を招きました」と、陳永興氏は話す。
7月末時点で、香港ハンセン指数は1月のピークから15%下落していた。ほとんどの投資家、起業家の内心には1つの共通認識があった。それは、高いポイントはそう長くは維持しない、そしてたとえ今上場したとしても、その先6~9か月の間で市場に何が起こりどのような影響が出るかわからない、ということだ。
美団上場当日、さらに7社が目論見書を提出した。しかし間隔調整のため、同じ日にすべての公示はしなかった。上場ラッシュというのは、多くの企業が少ない資金を争奪していることの表れなのだ。
最近、あるメディアがある消息筋の情報を引用し、以下のように伝えている。美団のIPO評価額は600億米ドルから下がって350億(約3兆9,000億円)から400億米ドルになっているものの、上述のPE投資家は、「美団と滴滴はもし、市場が冷める前に数十億米ドルを調達しないと、あのペースで資金を使っていくと1年後にはきっと苦境に立たされることになる」とし、この時期は痛みを伴ってでも上場するだろうとみている。
小米の上場、そのあとに続く美団、アント・フィナンシャル、比徳大陸、さらにはうわさになっている滴滴の相次ぐ上場により、投資家たちも一層焦りを見せている。「今、ファンドはそれぞれのプロジェクトをできるだけすぐにスタートしようとしている。スーパー・ユニコーンを逃すな」というのが多くのVC(ベンチャーキャピタル)投資家の今の心情だ。
また香港取引所の李小加氏の見方によると、さらに多くの企業が今年8月以降、香港市場に上場する見込みで、9月から11月の間がピークになる、とのことだ。
ビッグ・ウェーブ過ぎて
今回の上場ラッシュは一連のモバイル・インターネット景気の最終段階であり、また次のサイクルの始まりでもある。これら企業の株価の状況によって、すべての投資家や起業家は再度自分を見つめることになる。
ホットマネーがあふれている時はみんな浮かれて結果など気にもしなかった。しかし今、財務状況がが悪くなってしまったファンドたちは、いまだ経験したことのない困難な状況に立たされている。
上場企業の中にも、すでに発行価格を割り込んでいる事例が出てきている。例えば、長らくNASDAQに上場している優信(Uxin)中古車の、現在の評価額は18億米ドル(約2,000億円)だが、上場直前の最終ラウンド資金調達時における評価額は32億米ドル(約3,560億円)だった。
一方今年4月、小米の旧株取引が盛り上がっていたころ、「1,050億米ドル(約11兆7,000億円)の商品を売り出す投資銀行さえ出てきた」とのことだ。ある投資家は不思議に思った。彼が今まで見てきた小米旧株の最高額は880億米ドル(約9億8,000億円)だったからだ。これはつまり、ひとたび上場すると50%は損をするということを意味する。
この8年のモバイル・インターネット時代を振り返ると、資金獲得合戦中、企業の募集資金額と評価額はずっと底上げが続き、ベンチャー投資家も状況を楽観視し、このまま夢見続けたいと願っていた。しかし一旦市場に立つと、そこでの投資家たちはすぐ冷静になり、収益にこだわる表情を見せた。
さらに、資産管理に関する新規則が発布され、金融業界は何度もレバレッジ解消を行った。それはどれも、発行市場における資金源の減少を予期していた。投中研究院の統計によると、今年第1四半期、中国でのVCおよびPEにおける、成功した資金調達は前年同期比で54.82%、調達規模は74.85%、それぞれ減少した。易凱資本(CEC Capital)の王冉(Ran Wang)氏は、今年下半期における発行市場への資金流量が急激な減少を見せ、少なくとも50%から60%は減少する、との見方を示した。
次回VCの企業に対する出資はそんなに高額にはならないだろう、との見方を示すVC投資家もすでに出てきている。王冉氏の予想では、発行市場全体での評価額水準は半年以内に30%下がり、個別バブルが起こった分野では50%低下するだろうと予想する。
ひとたび公開会社となれば、さらに厳しい目が向けられる。拼多多の場合、上場するなり価格は40%上昇したが、偽物問題などで世論の批判にさらされ、市場価格は2日間で300億(約3兆3,400億円)から250億米ドル(約2兆7,900億円)にまで下がった。
短期的に見て、上場は競争に身を置く企業にとってある意味妥協である。美団と近しい関係にある人によると、美団はIPO完了前、タクシー配車サービスのエリア拡大計画を取りやめたとのことだ。しかしこれは、長期的にみると美団の、投資家に対する警鐘である。すなわち、長期的な投資を行う場合は損失を被った場合にどうするかも考えておかないといけない、ということだ。
上場というのはつまるところ、資金の問題を解決し、また独立性を確保するための重要な一歩だ。最近、あるメディアが消息筋の情報を引用し、美団の評価額が初期の600億米ドルから低下し、350億から400億米ドルになっている、と伝えた。しかしあるPE投資家は、「美団と滴滴はもし、市場が冷める前に数十億米ドルの資金を調達しないと、あのペースで資金を使っていくと1年後にはきっと苦境に立たされることになる」とし、この時期は痛みを伴ってでも上場するだろうとみている。
「評価額が初期のそれから大きく下がり、株式も半年後にやっと売れたとしても、少なくとも上場は果たした」上述の、小米に早期入社したスタッフはこう話す。しかし長年996制勤務を果たし、給与もBAT(中国三大ネット企業:バイドゥ、アリババ、テンセント)にはるか及ばない小米の社員は、ちょっと感傷に浸っているだけだ、と冷ややかだ。また別の社員は、雷軍氏も徐々に落ち着きを取り戻している、と話した。
ただ言えることは、雷軍氏は年初、小米に対して「10四半期でもう一度国内回帰することを第一」目標とするよう要求している。これはもはや社内に向けたメッセージではなく、公開市場に対する宣誓であろう。