中国不動産市場、「最後は政府が助ける」神話が歪みの温床に【恒大債務危機の深層(上)】

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中国の不動産大手「恒大集団」の債務危機が世界を揺らしている。「政府はどう対応するのか」「リーマン・ショックのようになるのか」など複数の論点を巡って有識者がさまざまな見解を示しているが、中国政府や地方政府は今のところ明確な方向性を示しておらず、恒大は綱渡りの経営を続けている。

本連載では問題の全体像を把握するために、恒大の債務危機の背景と中国不動産業界の構図、歴史を3回にわたって解説する。1回目は、EV(電気自動車)への投資など多角化を進めていた同社が、なぜ短期間で窮地に陥ったかを振り返る。

巨額債務は当たり前だった不動産業界

恒大の債務危機は突然勃発したわけではない。不動産企業が規模拡大、多角化にまい進し、投資の原資を借り入れに頼るのは当たり前のことだった。2010年代前半は、同業他社に勝つため、或いは海外展開のため、不動産購入規制が強化された2010年代後半は次の稼ぎ頭を育てるため、どの企業も債務を膨らませていった。

2017年には不動産市場の黄金時代は終わったとの認識が広がっていたし、巨額債務も認識されていたが、危機感は薄かった。

状況が変わったのは2020年夏だ。市場の過熱を抑えるため中国人民銀行が「3つのレッドライン」と呼ばれる3指標(負債の対資産比率70%以下、純負債の対資本比率100%以下、手元資金の対短期負債比率100%以上)を示し、基準をクリアできない企業の資金調達を制限した。総額33兆円規模の負債を抱える恒大は3指標ともオーバーしており(直近では2指標が引っ掛かっていると推定される)、短期間での債務圧縮を迫られた。

同社は昨年9月、期間限定で全ての不動産物件の30%値引きに踏み切り、現金の確保を急いだ。時を前後して、中国のSNSで「恒大が地方政府へ支援を求めた」との情報が飛び交い、同社株が大幅下落した。恒大は即座に否定したが、その後、工事業者への支払いが滞っている、引き渡しが大幅に遅れているなどの声も各地で上がるようになった。

年内の社債利払い額700億円超

今年に入ると、恒大のデフォルト(債務不履行)を懸念した投資会社が格付けを引き下げたり、銀行が借り換えを拒否するようになる。また、当局の不動産企業に対する財務健全化の要求も一層厳しくなった。

そして8月、恒大が決算でデフォルトリスクに言及したことで、経営不安が一気に高まり債権者がオフィスに押し寄せ始めた。

同社は9月13日に「未曽有宇の危機にある」と声明を発表し、公的に危機を認めた。数日後には恒大の幹部6人が社債を前倒し償還受けていたことが判明し、「そこまで危ないのか」と事態の深刻さが認識された。

恒大は9月下旬から12月末まで、過去に発行した社債の利払い日が集中しており、社債にはドル建ても含まれている。デフォルトリスクが迫り、恒大のニュースは9月中旬に国外でも報道されるようになった。同社の年内の利払い額は社債だけで総額700億円を超える。政府が救済しなければ、デフォルトはほぼ免れない。

政府から見た機会とリスク

2021年前半時点の不動産企業の状況(焦点研究院のデータを元に作成)
2021年前半時点の不動産企業の状況(焦点研究院のデータを元に作成)
2021年前半時点の不動産企業の状況(焦点研究院のデータを元に作成) 

つまり、恒大の危機は1年前からくすぶり続けていた。それが最近になって大ニュースになっているのは、財務状況が市場の予想より深刻だと分かったことに加え、中国政府が沈黙を続けているからだ。

中国の住宅相場は一本足で上昇を続け、北京、上海、深センといった一級都市に至っては価格が平均年収の50倍を超える。当局が2軒目の取得の制限や頭金比率の引き上げなど、住宅購入規制を強めて過熱感を抑えようとしても効果は見られず、不動産の転売で富を得る人がいる一方で、ホワイトカラーの共働き夫婦でも手が届かない水準になっていた。

人々が投機に走り、銀行が融資を続け、バブルが膨らんだのは「企業の経営が危なくなっても最後は政府が助けてくれる」という共通認識があるからだ。

それが分かっているからこそ、「共同富裕」を掲げて格差是正に本腰を入れ始めた政府は難しいかじ取りを迫られている。

政府が動くに動けないもう一つの理由は、これが恒大一社の問題ではないからだ。不動産業界向けシンクタンク「焦点研究院」によると、今年前半時点で3つのレッド全てに引っ掛かっている企業は恒大を含め11社ある。準大手の華夏幸福は今年2月、融資52億6000万元を延滞していると認め、経営危機を明らかにした。同社は9月下旬に株式取引が停止され、30日に資産売却などにより2192億元の債務返還計画を発表した。

このように、3つのレッドに引っ掛かっている企業は多かれ少なかれ危機に瀕しており、日本の「メジャー7」並みの大手企業である恒大が破たんすれば、準大手クラスの企業はより厳しい立場に立たされる。

中国当局は恒大危機の影響が業界全体に及ぶのは食い止めたいはずだ。住宅を購入した消費者や工事を請け負った企業が損失を被る事態も避けたいだろう。ただし、早い段階で救済に動けば、「政府が何とかしてくれる」神話が継続し、不動産業界の歪みを正す機会も逸してしまう。

中国は10月1日から1週間の国慶節連休中だが、地方政府の職員を名乗る人物がブログに「恒大問題の件で、休み返上で対応している」と投稿するなど、水面下では誰を救って、誰に損をかぶってもらうか、大詰めの調整が行われているとみられている。

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浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。

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