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【新華社広州9月6日】日本の乳酸菌飲料のヤクルトは、中国でも各地のスーパーやコンビニエンスストア、街の小さな商店など至るところで販売されており、一定の世代の中国人にとって、子どもの頃の思い出の飲み物となっている。ここ数年はヤクルトをベースにしたミルクティーも若者の間で人気を集めている。
ヤクルトは1935年に日本で製造販売が開始され、90年近い歴史を持つ。2001年、ヤクルトは中国本土市場に参入し、広州ヤクルト乳品を設立した。翌年、ヤクルト広州第1工場が完成、稼働し、広東省でヤクルトの製造販売が始まった。
広州ヤクルト乳品の梅原紀幸総経理によると、当時の広東省市場における1日当たりの販売量は約5万9千本で、大型スーパーやコンビニなどでの販売のほか、日本国内で普及している宅配販売モデルも導入した。
梅原氏は「ヤクルトが中国に進出した当初は、乳酸菌飲料についてよく知らない人が多く、こうした『ヤクルトレディ』による対面でのコミュニケーションが、飲む時間や量などの宣伝にとても良い効果を発揮した」と語った。
広東省には現在、「ヤクルトレディ」として知られるパートタイムの訪問販売員が2千人以上おり、スマートフォンで通信アプリ「微信(Wechat)」の微信小程序(ミニプログラム)を開いて注文するだけで、青い制服を着た「ヤクルトレディ」が赤い電動自転車に乗って、商品を迅速に消費者の元へ届ける。
02年6月の発売開始から20年、ヤクルトは事業分野を拡大し続け、第1工場の生産ラインも当初の1本から4本に拡大し、14年には広州第2工場、19年には仏山工場が相次いで完成、稼働し、生産ラインは全部で15本となった。広東地区の1日当たりの販売量は280万本を超え、販売当初の約50倍となっている。
21年の広東地区の域内総生産(GDP)は前年比8%増の12兆元(1元=約20円)以上で、33年連続全国トップとなった。梅原氏は、広東省が開放の最前線に位置し、高い経済力を備え、地元の粤港澳大湾区(広東・香港・マカオビッグベイエリア)には人や物資、資金、情報が集中する強みがあり、非常に伸びしろの大きい、期待に値する市場だと説明した。
50年前の中日国交正常化以降、特に改革開放からは、多くの日本企業が中国華南地区に進出し、両国間の友好的な経済・貿易交流を促進してきた。在広州日本国総領事館のデータによると、21年10月現在、同省には製造業(特に自動車)、運輸業、サービス業、卸売・小売業などを中心に、約1450社の日本企業がある。
日本の明治ホールディングスは1993年、中国本土市場への参入を開始し、広州明治製菓を設立。その後、香港の食品メーカー、四洲集団(フォーシーズ・マーカンタイル・ホールディングス)や広州燕塘乳業と合併してアイスクリーム事業会社を設立。数年間事業を続けた後、2012年に明治の100%出資による明治雪糕(広州)が設立された。明治(中国)投資広州分公司の鈴木隆雄総経理によると、15年にアイスクリームの販売開始以降、年間売上は当時の100万箱から現在は400万箱に拡大し、中でも広東地区の売上は全体の6割を占める。
鈴木氏は、売上増の背景に中国人の購買力の継続的な向上があると指摘。明治のアイスクリームが他社製品より価格が高く、10年前であれば価格面から他の製品が選ばれていたが、中国経済の発展に伴い、人々の生活水準も購買力も急速に向上していると述べた。
広州における明治ホールディングスの事業領域も拡大し続けている。アイスクリームとチョコレート事業に加え、広州市増城区には乳製品製造・食品菓子拠点も23年に完成、稼働する。これは、蘇州と天津に次いで同社が華南地区に投資、建設した最初の乳製品工場にもなる。
鈴木氏は「明治が発展を続けられるのは、中国の巨大な消費市場からの恩恵に加え、改善が続くビジネス環境の恩恵が大きい」と説明。広州では地元政府が外国企業と定期的に会合を持ち、最新の関連政策を速やかに広報、紹介し、企業の意見や提案に耳を傾け、問題の解決を積極的に後押ししていると述べた。(記者/陳浩)
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