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中国の大手自動車メーカー「吉利汽車(以下、ジーリー)」が2024年5月、日本でハイブリッド車2車種の試乗会を開いた。中国メディアだけでなく、筆者を含む日本メディアも招いたイベントだったが、現時点では日本市場で販売する予定はないという。ジーリーがそこまでして日本で見せたかったものは何だったのか。
ジーリーは中国・浙江省に本拠地を置く民営の自動車メーカーで、1996年に設立された。 1998年8月8日に初の量産モデル「豪情」をラインオフさせ、2001年には正式に自動車メーカーとして認可を受け事業を拡大。2010年にはスウェーデンのボルボ・カーズ、2017年には英ロータス・カーズといった海外ブランドを次々と買収した。現在はグループ全体で年間279万台(2023年)を生産する一大自動車グループに成長している。
筑波で異例の試乗会、榛名山で動画生配信を実施
ジーリーは2024年5月、メディアやインフルエンサー向けの試乗会を茨城県の「筑波サーキット」などで開催した。中国メーカーが日本で試乗会を開くことは珍しいが、ジーリーには前例がある。ボルボとの共同ブランド「Lynk & Co(リンク・アンド・コー)」が2018年、初のセダン「03」を静岡県の「富士スピードウェイ」で発表したのだ。メディア関係者ら500名以上を招待し、煌びやかなブースでプレゼンテーションを行うなど、まるで巨大なパーティーのようだった。Lynk & Coのロゴが入ったヘリコプターまで飛行し、開催に数億円が投じられたとの噂もたった。
今回はそれほどの規模ではないが、2023年発売のハイブリッド2車種が用意された。セダンの「星瑞L」とスポーツ用多目的車(SUV)「星越L」だ。
実は、ジーリーは中国メーカーの中でも特にハイブリッド技術の開発に力を注ぐメーカーだ。中国市場では現在、バッテリー電気自動車(BEV)が下火傾向にあり、メーカー各社はエンジンを搭載し、かつ充電も可能なプラグインハイブリッド車(PHEV)や、レンジエクステンダー付EV(EREV)の開発を推進している。これら車種は中国で「新エネルギー車(新能源車)」と分類され、大都市部でのナンバープレート発給規制や通行規制から除外されるほか、税制優遇などの恩恵を受けられる
中国で自動車技術の認証や適合を所轄する国有資産企業「中国自動車技術研究センター有限公司(CATARC)」は、ジーリーが2025年上半期に発売する予定の次世代エンジンは熱効率46.1%を達成したと認定している。現在の一般的なエンジンの熱効率は40%強だ。近年の中国メーカー製エンジンの進化には目を見張るものがある。
ボルボの関与で技術が急速に進化
ジーリーの急速な技術進化にはボルボが関わっている。自社とボルボのエンジン部門を2021年、新会社「Aurobay(オーロベイ)」として統合した。この会社はハイブリッド車向けのガソリン・ディーゼルエンジンや代替燃料を用いるエンジンのほか、ハイブリッド車専用のトランスミッションを手掛けている。2024年5月31日には英国で、日産自動車や三菱自動車を傘下に持つ「ルノー・グループ」とエンジンの開発・生産をおこなう新会社「ホース・パワートレイン」を設立している。この会社はルノー・グループとジーリー・グループの車種だけでなく、他社への供給も視野に入れている。
これらの枠組みで開発されたエンジン技術はPHEVやEREVだけでなく、新エネ車に分類されない通常のハイブリッド車(HEV)にも応用されている。今回日本で試乗の対象となったハイブリッド車もそのひとつだ。
星瑞Lは2020年にマイナーチェンジした新モデルで、サイズは全長4825 mm×全幅1880 mm×全高1469 mmとなる。プラットフォームにボルボ C40/XC40と同じ「CMA」を採用し、パワートレインはBHE15-BFZ型1.5ℓ直列4気筒ターボエンジンを基幹とするハイブリッドだ。熱効率は44.26%を達成した。ロングストロークエンジンなので最高出力は5500回転で147 hpにとどまり、エンジンが不得意とする領域をモーターで補う形となる。トランスミッションには自社開発の3速ハイブリッド専用トランスミッション(DHT)「DHT Pro」を搭載。エンジンとモーターそれぞれにギアを3つ用意し、「エンジンとモーター」「モーターとトランスミッション」間にクラッチを搭載して駆動をスムーズに切り替えられる。
一方、星越Lは全長4795 mm × 全幅1895 mm × 全高1689 mmのSUVで、2023年12月発売の最新モデルでは星瑞Lと同じパワートレインを搭載する。つまり、今回の2車種は基本的に同じ心臓部を持つため、最も大きな違いは「セダンかSUVか」にある。
試乗会初日は筑波サーキットを会場に、この2車種をトヨタ自動車の「カムリ」やホンダの「CR-V」と比較し、性能を確かめるという趣旨で開催された。筆者もコース上に設置されたパイロンに沿って加速、ブレーキング、スラロームなどを体験した。車体の安定感やパワートレインのスムーズな駆動を実感できた。
2日目は動画撮影を目的として群馬県榛名山を舞台に星瑞Lはカムリとの「峠・対決」、星越LはCR-Vとの「高速道路燃費対決」に挑んだ。その様子は中国の自動車動画メディア「30秒懂車」にて生配信され、合計で5万人超が視聴した。
筆者は後部座席に座って乗り心地などを確認。星瑞Lは最大トルク320 Nmを誇るモーターを武器に、峠でも難なく加速できた。車体自体は重めなので軽快さはないが、加速は十分に気持ち良い。一方で、乗り心地は柔らか目に設計されており、サーキット走行時に比べ、より左右に揺さぶられる感覚だった。
「峠・対決」では単に峠を走るだけでなく、人気漫画「頭文字D」のようにコップ1杯の水と豆腐を室内に搭載し、カムリと星瑞Lでどちらがより崩れないかも比較された。車自体の性能とはまったく関係ない対決だが、生配信のコメント欄は「ジーリーの方が優れている」という趣旨の応援メッセージであふれていた。
ジーリーは試乗会および、動画配信のため、中国で販売中の2車種を日本に持ち込んだ。ただ、ジーリーはメディアの取材に対し、この2車種で日本に進出する計画はないとはっきり答えた。今回のイベントは、自社製品が日本車より優れていることを中国国内の潜在顧客に示す販売促進が狙いだったようだ。
ジーリーとBYD、熱効率世界一でバトル?
ジーリーと同じくハイブリッド技術に力を入れているのが、日本でも2023年から乗用車を販売している「BYD(比亜迪)」だ。同社は先日、熱効率46.06%を達成した新エンジンを主軸とする第5世代PHEVシステムを市場投入した。燃費はリッターあたり34.48キロメートルで、ガソリンと電気を総合した航続距離は2100キロメートルだという。このシステムを搭載するセダン「秦L」は9.98万元(約217万円)から13.98万元(約304万円)という破格の安さで注目を集め、発売後3日間で5000台が納車されたそうだ。
BYDはこの新たなエンジンが世界で最も熱効率に優れていると主張するが、ジーリーは中国のSNS「ウェイボー」でこれに真っ向から反論した。ジーリーはBYDよりも0.04ポイント高い46.1%を達成したとするが、このエンジンを搭載した車はまだ市販されていない。BYDはこの点を突き、量産して市場へ投入しなければ意味はないと反論した。BYDは開発中のエンジンで熱効率46.5%を達成したという証明書も公開してみせた。
ただ、熱効率でわずかに上回ったところで車自体は劇的に変化しないし、むしろ車の本質である「使い勝手」や「乗り心地」、そして「長く乗れる安心感」を軽視している。中国の自家用車が普及して日が浅く、消費者の車選びには未熟な側面もある。中国の消費者は今後、加速性能やエンジンの熱効率の数値など目に見えて評価しやすい部分ではなく、実際に毎日乗る上で重要となる「本質的な部分」を見極めて、車を買うべきだと思う。
(文:中国車研究家 加藤ヒロト)
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