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中国スマートフォン大手の小米(シャオミ)が今年6月に発売した新型電気自動車(EV)「YU7」を、北京市内のショールームで体験した。
2010年に設立されたシャオミは、低価格なスマートフォンで評判を集め、その後パソコンやタブレット、テレビ、加湿器、電動シェーバーなど幅広い電子機器を手がける企業にまで成長した。さらに、サブブランド「米家」を通じて日用品にも進出し、今や、「家中すべてをシャオミで揃えられる」ライフスタイルを提案するまでになった。そんなシャオミが2021年に発表したのが、自動車業界への参入だ。
中国のIT大手では、ファーウェイや「バイドゥ(百度)」が車載部品やソフト領域で存在感を強めているが、シャオミは「1台丸ごと自社開発」という新たなレベルで参入した。同社初の自動車「SU7」は内外装のデザインからパワートレイン、シャシー、そして生産ラインまで自社設計を掲げており、完成車メーカーに製造を委託するファーウェイとは異なるアプローチだ。
SU7は2024年3月に発売され、同年通年で13万6000台、2025年上半期には約15万8000台を販売。現在も月間2〜3万台ペースで売れており、中国市場の熱狂ぶりがうかがえる。
その第2弾となるEV「YU7」は、2025年6月26日に中国で正式に発売開始。SU7がファストバック風の4ドアセダンだったのに対し、YU7はスポーティな印象をそのままに、5ドアSUVに仕立て上げた1台となる。ボディサイズは全長4999 mm x 全幅1996 mm x 全高1600 mm、ホイールベースが3000 mmとなり、中国でも大人気のテスラのモデルYよりも若干長くて低い。
エクステリアはSU7に近いが、細部で進化が見られる。例えば、ドアハンドルはSU7の「くぼみ式」の手を入れて中で開けるタイプだったのに対し、YU7ではより一般的な格納式ハンドルが必要に応じて出てくるタイプに変更。ヘッドライトは一見同じだが、上部にエアダクトを設けて空力性能を高めている。ショールームでボンネットを開けた際にも、タイヤハウス直上を大きく隆起した部分が確認でき、単に見た目のために付けられた見せかけだけのインテークというわけではなさそうだ。
テールライトもデザイン言語は踏襲しつつ、発光パターンが輪郭強調型に変わった。一方、SU7では採用されていた格納式スポイラーに関しては、YU7はハッチバックであるために装備されていない。
足回りはフロントがダブルウィッシュボーン、リアがマルチリンク。中間以上のグレードはエアサスペンションを搭載する。駆動モーターはSU7に搭載されていた自社製のものを改良させた「HyperEngine V6s Plus」を全グレードで採用、最大回転数2万2000 rpmを誇るとのこと。
もっとも安いベースグレードでは出力315 hp/トルク528 Nmの後輪駆動、中間グレード「Pro」は489 hp/690 Nmの四輪駆動、そして最上級グレード「Max」は出力681 hp/トルク866 Nmの四輪駆動というラインナップだ。バッテリーは通常モデルとProでは車載電池最大手の「CATL(寧徳時代)」もしくはBYD製のリン酸鉄リチウムイオン電池で96.3 kWh、MaxはCATL製三元系リチウムイオン電池で101.7 kWhとなる。
展示個体の後側のフェンダーを覗くと、新興メーカーを中心に採用が進む「ギガキャスト」特有の格子状構造がかすかに姿を見せ、車体後部の成形に同技術が用いられていることがわかる。こうした先進的な技術の採用は抜かりない一方、筆者が個人的に懸念しているのはブレーキだ。
YU7の実車を見たかぎりは通常のSU7と同じブレンボ製対向4-potキャリパーを採用しているようだが、SU7試乗時には強大なパワーに対して制動不足と感じた。キャリパーのピストン数も少なければディスクローター(ホイール内側の円盤部)の直径も小さく、またそれを挟み込むブレーキパッドの当たり面積も小さいと聞く。世界的に有名なドイツのサーキット「ニュルブルクリンク」で鍛え上げられたSU7のパフォーマンスモデル「SU7 Ultra」では曙工業製の対向6-potキャリパーを採用しており、そのブレーキ性能に疑いの余地はない。
一方でSU7やYU7の通常モデルは先述の弱々しいブレーキなので、初心者ドライバーに事故につながる要因の一つとも考えられる。シャオミの売れ行きは凄まじいが、購入層のほとんどはクルマに詳しくない、ただ単に話題だからと購入を決める「ミーハー」な人たちが多いという印象を受ける。そういう人たちにとってSU7/YU7はあまりにもパワフルすぎるし、お手頃な価格でこのような高性能な「オモチャ」を買えるようでは、メーカーの社会的責任の観点からも課題が残るだろう。これはシャオミに限った話ではなく、なんでもかんでも出力を400 hpや500 hpにしたがる昨今の中国新興ブランド全体に言える話だ。
インテリアはSUVになった分、広々としている。フロントシートに脚を支えるオットマン機構を採用したのも足元が広いSUVならでは。最大の特徴は、インストルメントパネル(メーターパネル)の廃止だ。SU7ではダッシュボードに埋め込む形で7.1インチの横長なディスプレイがインパネの役割を担っていた。一方でYU7ではそれをとっぱらい、フロントガラスにグラフィックを投影する「虚像投影型」を採用する。
原理としては昨今どのクルマでも見るようになった「HUD」と同じなものの、通常は透明なガラスに投影するのに対して、YU7ではフロントガラス下部の投影部分を黒く塗っているため、昼夜問わずどんな天候でも見やすい形となる。あまり見ない方式なのでショールームのスタッフも「世界初」と大々的に主張していたが、この仕組み自体は1986年に発売されたトヨタの高級2ドアクーペ「ソアラ」の2代目モデルですでに採用されている。
YU7の販売価格は25万3500〜32万9900元(約520〜680万円)となる。シャオミは予約開始後3分で約20万件、18時間で約24万件を受注したと主張するが、この数字には国内から疑問の声も上がっている。
一方で爆発的な注目を浴びているのは確かで、発売初月の6月は2234台、その翌月には6042台を納車し、現在は注文から納車まで約58週間待ちという状況だ。SU7も少し短いものの、約40週間待ちと人気は依然として高い。
シャオミは2027年までに欧州市場への進出を予定しており、すでに研究用にドイツへ輸入され、ドイツのナンバープレートを装着したSU7 Ultraも現れている。まずは国内へのデリバリーを優先させるために海外進出を遅らせている印象だが、北京市内にある生産工場の拡張計画も第2段階へと入りつつあり、少しでも納車待ちを短くしようとしている形だ。
(文:中国車研究家 加藤ヒロト)
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