華大基因の無傷検査を巡る問題
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かつて「遺伝子界のテンセント」の称号を持っていた華大基因(BGI:深圳華大基因科技有限公司)は今まさに前代未聞の危機に陥っている。
「われわれスタッフは出産ミスを許さない。でなければそれはスタッフ7000名の恥だからである」と、華大基因の創始者である汪建氏は5月28日に貴州で開かれた「中国国際ビッグデータ産業博覧会」でこのように発言した。この言葉は今の華大基因に対して却って「アンチノミー」となっている。
『華大癌変』の報道によると、出産前に医師のアドバイスを受けた高齢出産の妊婦の何名かは、華大基因が提供する無傷検査を行い、「低リスク」の報告を手にして、何度も医師のアドバイスをうかがった後にそれでも羊水穿刺(せんし)検査を受けず、結果としてダウン症児が生まれたのである。
中国国家遺伝子バンクが披露したデータによると、またの名をトリソミー21と呼ばれるダウン症候群は染色体の異常によっておこる病気で、21番目の染色体が1本多く、正常な人であれば2本で対をなしているが、ダウン症患者は3本となっている。新生児の発生率は1/800から1/1000で、言い換えれば1万人に10人のダウン症児が生まれるが、華大基因が用いた無傷検査の検査ミスにより誕生したダウン症児が19例にのぼる。
このように高い数字の無傷検査ミスにより家族に悲劇が訪れた。医学界とメディアが高く評価し称賛してきた「無傷DNA検査」技術とはいったいどのように発展しているのか。一緒に見てみよう。
大いに疑問視されている無傷DNA検査とは
無侵襲DNA検査は近年発展してきたハイスループットスクリーニングの遺伝子測定技術で、胎児が三大染色体異常(ダウン症候群・エドワード症候群・パトー症候群)であるかどうかを調べることが目的である。通常は妊婦の末梢静脈血を10ml採血してそれを検査サンプルとするため羊膜内には入る必要がない。
無傷検査はそもそもいくつか欠陥があり、軽視できない。すべての染色体のスクリーニング検査を行うことは不可能であり(目下、21、18、13番目の染色体に限られる)、とりわけ双子とキメラ染色体(訳注:同一個体にふたつの異なった遺伝子情報をもつ)の異常を検査する方法はなく、この種類の異常は羊水穿刺検査を行って診断することがとりわけ必要である。
しかしながら「有傷(羊水穿刺検査)」は子宮内に侵入し胎児の細胞を採取するため、流産するおそれがあるとされて少なからず妊婦を怖がらせている。しかし実際のところ、羊水穿刺検査は超音波検査(エコー)の誘導で行われ、近年の文献ではこの検査によって流産する確率はわずか1/1600と発表されている。
武漢大学人民病院の超音波放射線科主任医師である初洪鋼教授は出産検査技術に関してこう述べている。「スクリーニングの手段としてダウン症スクリーニング検査(母体血清マーカー)は確実ではなく、したがって精度が高いとはいえず、「正確率」も一概に言えない。通常は「検出率」と「偽陽性率」でスクリーニングを評価する。検出率が高いが偽陽性率が低ければ、良いスクリーニング手段の基準となる。羊水穿刺検査は出産前診断の至適基準である。無傷検査は羊水検査にとってかわることはできない。無傷検査はダウン症児の生まれるリスクが高いため、やはり羊水穿刺検査をするというアドバイスを行う。

まとめると、正確性からみて、羊水穿刺検査>無傷検査>ダウン症スクリーニング検査となる。危険性からみると羊水穿刺検査>無傷検査=ダウン症スクリーニング検査である。
その中で「偽陽性」は実際には病気でない者あるいは陰性であるのに、病気である者または陽性と判定されることを指す。相対的に偽陰性はほかならぬ華大基因の事故で見つかったもので、実際には病気であるのにスクリーニング検査結果によって病気でないと診断された妊婦である。
無傷検査のミス率は一定の範囲内で必ずコントロールしなければならないが、華大基因は最近の回答の中で「技術的な限界である」と責任逃れの発言をした。とても受け入れがたいものである。
数年前、詐欺容疑で訴えられたかつてのユニコーン企業であった血液検査会社セラノス(Theranos)は、最高90億ドルの評価額をつけられていたが、その後わずか2年間で閉鎖に追い込まれた。セラノス(Theranos)が研究開発した自社のエディソン(Edison)は患者の指先から何滴かの血液を採取するだけで従来の静脈採血検査方法のデータをとることができるとしていた。しかしながら匿名の従業員が告発した内容では、エディソン(Edison)が検査できるのは200の検査項目のうち15項目のみだ。残りの90%は従来の機器を使用することにより、この表面上の高水準を維持することができ、CMS(Centcmsers for Medicareand Medicaid Services:アメリカ公的医療保健センター)の検査を誤魔化して検査をパスした。創始者のエリザベス・ホームズ(Elizabeth Holmes)とアメリカ証券取引委員会( U.S. Securities and Exchange Commission、略称: SEC)は2018年民事訴訟で和解し、エリザベス・ホームズ(Elizabeth Holmes)は自社株を返却、罰金50万ドルを支払い、今後10年間にわたり上場会社の幹部や役職に就かないことを承諾した。
セラノス(Theranos)での血液検査分野は華大基因のシークエンス業務と同列に論じることはできない。また、無傷検査はもともと検査漏れ率がどれほどのミスがあるのか調査機関が介入してはじめてはっきりと明らかにすることができる。しかしこの高すぎる検査漏れ率によって、FDA(Food and Drug Administration:アメリカ食品医薬品局)がすでに介入して調査した事案は一考に値する。
シークエンス業務の「自主研究開発能力」
無傷DNA検査の過大な検査もれミスは華大基因を危機に落とす導火線であり、会社の位置づけやサプライチェーンの配置から研究開発の投入まで、華大基因そのものに少なからず潜在的に問題があった。
華大基因の遺伝子シークエンス業界は中間に位置し、強みもそれほど多くなく、発展には限りがある。アメリカのイルミナ(Illumina)とサーモフィッシャーサイエンス(Themo Fisher)はともに全世界で先陣を切る「ビッグボス」であり、全世界のシークエンス市場の71%と16%の市場をシェアしている(2016年)。高騰し続ける機器・試薬・消耗品に直面し、分割された市場のパイを狙った華大基因の野心が露出した。
華大基因は1.176億ドルの資金を拠出し、先進企業であるアメリカ企業のコンプリート・ゲノミクス(Complete Genomics:以下CGとする)を買収したのは、これら先進企業のコントロールからの脱却とみられる。これにより華大基因はすでに独自に遺伝子シークエンス技術の研究開発および生産能力を獲得したようにもみえる。2015年と2016年のデータでも華大基因はトップベンダーのイルミナ(Illumina)で消耗品の購買コストが次第に下降し、2015年の1.99億ドルから2016年の1.38億ドルに下がっていることを示している。
けれども、華大基因の研究開発費は逆に年々減少しているとの財務報告があった。国内三社の遺伝子検査に注力する株式上場会社の華大基因、達安基因(中山大学达安基因股份有限公司)、貝瑞基因(北京贝瑞和康生物技术有限公司)を比べると、ひとつ明らかな特徴がある。研究開発の投入はこちらを立てればあちらが立たずといった具合であり、三社の2017年における研究開発費はそれぞれ1.74億元、1.65億元、0.40億元ではあるものの、達安基因のみが前年比よりも増加している。測定機器および試薬品はすでに成熟したイルミナ(Illumina)が依然として2017年も研究開発費を増加し、投入金額は5.46億ドル(34.4億人民元)にも達する。
そのほか華大基因の販売従業員数が多く、ずっと争議の的である。争議の重点は人員の構成ではなく、華大基因が所属する医療サービスエリアの従業員なら研究員が主導権を握ると位置づけるべきである。唯一業務範囲と営業収入の規模において華大基因と同じレベルの達安基因も販売従業員の拡充においてはおざなりにできない。

「遺伝子検査のアプローチを通じて、医療機関、科学研究機関、企業や公共機関などのためにゲノミクス診断と研究サービスを提供します」。これは華大基因の会社プロフィールである。しかし「直売+代理」の販売ネットワークに依存して営業収入アップをはかり、争議が絶えない企業に対しては結局根本的な解決方法とは言えない。
華大基因の2017年の年報によると、リプロダクティブヘルス商品の収益は前年に比べ0.08%ptだけ増加したが、営業収入の比重は50%を超えている。しかも商品の粗利率(売上総利益率)は67.77%に達し、ランキング首位である。

この事件の主役である無傷検査はまさに収益の主な源であることを意味している。ストレートに言えば、華大基因がもし研究開発費の投入を拡大しなければ、会社の収益に打撃をこうむるだけでなく、ユニコーン企業の血液検査会社セラノスのような歴史的悲劇の二の舞の可能性もなくはない。