アリババ投資を解読:モンスター企業の意志
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時価総額3.2兆元超のアリババ(阿里巴巴)と3.1兆元超のテンセント(騰訊)は中国ビジネスにおいて膨張し続ける2頭のモンスターであり、新たなビジネスラインの絶えざる産出と莫大な資金規模により、彼らはより勢いを増し、また、より素早い資本配置の展開を可能にしている。公開データによると、アリババとテンセントが完了させた投資はそれぞれ297件と592件で、その内1件当たりの投資額が1億元以上のものはそれぞれ125件と203件だった。
軍拡競争はここ1年で加速し続けている。2018年の前半に、アリババとテンセントの投資額はそれぞれ1,000億と1200億元で、いずれも2017年度における両企業の年間投資額合計を上回っている。争奪合戦が最も熾烈な小売分野においては、アリババは昨年、銀泰商業(インタイムリテール)・三江購物(サンジャンショッピング)・高鑫零售(サンアートリテール)等に対し投資を完了させた後、今年はさらに95億ドルで餓了麼(Ele.me)を買収し、テンセント陣営の美団点評(Meituan-Dianping)を目指している。テンセントは永輝超市(Yonghui Supermarket)・カルフール(家楽福)・ワンダ(大連万達)・海瀾之家(HLA)・湖南歩歩高等を軍団に収め、強気で応戦している。
充分に優れた戦略的投資は、企業の既存ビジネスの想像を超える高さにまで連れて行く--5年前、テンセントとアリババは滴滴(DIDI)と快的(Kuaidi)への投資により、WeChat PayとAlipayのユーザー数を猛スピードで拡大させ、ここ数年のビジネスの勢力構造に大きく影響を与えたモバイル決済をスピーディーに発展させることができた。今日の規模のテンセントとアリババについて、投資が非常に重要なのは、それが企業の想像力と将来の発展方向を意味するからだろう。
中国の起業家は、一層差し迫りつつある選択課題に直面している。2018年、アリババとテンセントの投資のほぼ半分は中・早期(エンジェル・A・Bラウンド)で発生している。これは、起業家が速やかに将来設計--誰と手を組むのか、手を組んだ際の利益や代価、或いはどうすれば「誰とも組まない」権限を持てるのか等を、熟考せねばならないことを意味している。
両者の内、テンセントによる投資はここ数年益々友好的・開放的なイメージで知られるようになっている。「ただ共生しようとし、所有しようとしない」という原則の下、テンセントは起業家に発展の余地を充分に与えようとし、投資対象の企業と自身のビジネスを結び付けることを強要せず、最も金融投資家らしいモンスターと見なされている。一方アリババは、より複雑で、より論議の的になり、一言では言い表すことがより難しい存在である。「急進的スタイル」「欲しいものは代価を惜しまず手に入れる」「支配欲」、そして「投資対象の一部企業は徐々にブランドを失い、アリババに活力を与えるだけになる」等が、よく聞かれる評価である。
この記事では、これらの感情的な考えを除外し、アリババの投資を根源から読み解こうと思う。本当に答えが必要な問いは以下の2つだけかもしれない。
投資は、アリババにとって何を意味するのか?
アリババ投資は、今日の起業家にとって何を意味するのか?
2018年4月2日午前11時、すでに情報を得て、最終的な「公式発表」を待っていた記者達は遂にその日の最重要プレスリリースを受け取った。:アリババ連合のアント・フィナンシャル(螞蟻金服)が餓了麼を95億ドルで買収し完全子会社化すると、餓了麼とアリババが共同で発表した。
元々記者をよく知っている餓了麼の広報も、このビッグニュースについては完全に口を噤んでおり、対外的発言は全てアリババから餓了麼にやって来た広報の上層部からのものである。
完全子会社化のニュースの発表前、アリババのグループレベルから来ている広報がすでに餓了麼の広報部に「研修」を行っている。アリババ内部の消息筋が36Krに述べたところによると、餓了麼の元々の広報戦略は些か「危機解決」に偏りがちで、アリババのようにコンテンツ企画や長期計画を重要視する「専門性」が不足しており、「改造」が急務だという。
実際、2年前からアリババは最初の12.5億ドルの餓了麼に対する戦略的投資から、この「改造」が始まっている。融資情報を発表した日である2016年4月13日、餓了麼の創業者張旭豪氏は内部メールで初めて「デリバリープラットフォーム」からアリババ的特色を色濃く持つ「家庭出張サービスプラットフォーム」へ企業ポジショニングを改め、アリババとのシステムパートナーシップを展開すると述べた。その年の年末、餓了麼の財務及びHR(Human Resources)システムは完全にアリババ式に改められた。それと同時に、学生ベンチャーの色合いが残っていた餓了麼はそれまで常用していた「知人+同級生」の求人モデルを止め、次々とフォーチュン・グローバル500やアリババ中共鉄軍等から経営陣を引っ張ってくるようになった。ある消息筋は、この動きもアリババの提案によるもので、「アリババは餓了麼の内部管理に重要人物がいないと感じた」と述べている。
餓了麼がアリババに完全子会社化された4月に話を戻そう。
買収当日、元アリババヘルス(阿里健康)CEO王磊氏は餓了麼CEOへの就任を発表し、これ以降、多くのアリババ経営幹部が各業務部門を「引き継ぎ」しており、張旭豪氏は餓了麼と百度外売の代表取締役以外に、アリババグループCEOダニエル・チャン(張勇)氏の「ニューリテール戦略特別補佐官」も務めている。
6月中、餓了麼から伝わった情報は全てアリババ傘下の零售通・高徳地図・莱鳥網絡との提携に関するもので、新CEOの王磊氏は、「餓了麼はすでにニューリテールシステムによる利益を享受し始めている」と述べた。
餓了麼が10億元を投入し夏の陣に応戦して間もない7月12日、プラットフォームの上海での1日の取引額が1億元を突破し、創業以来の最高記録となった。
餓了麼の変化は、アリババのビジネスと強引に紐付けし、ポケットには戦争をするのに充分な金を用意し、創業者グループは脇に追いやられるといった、人々の脳裏にある「アリババ式買収」の典型的モデルを示している。もう1つの大手で「ただ共生しようとし、所有しようとしない」ことを標榜するテンセントと比べると、アリババによる投資には非常に強い支配欲がにじみ出ている。
アリババCEOのダニエル・チャン氏はアリババによる投資についての街中での「風評」を間違いなく知っている。少し前に、彼は雑誌『中国企業家』のインタビューでこう答えている。「私はこの会社の責任を負っている。この会社をアリババと1つに融合できなければ、私は責任を負えないので、かならずそういう風にせねばならない。」
テンセントは投資家の「NATOモデル」で、理性的なパートナーシップをベースに、投資対象企業の自己決定権に影響を与えないが、アリババは「ソ連モデル」で、一つの中央、一人のリーダーにこだわると、かつてある評論家は述べた。
この見解はテンセントが金融投資を主力とし、アリババが戦略的投資に注目していることの象徴を説明している。純粋な金融投資がテンセントにとっては有意義なのにアリババにとってはなぜ無意味なのか?アリババの投資対象企業に対する掌握欲の背後にある原動力は一体何に由来するのだろう?
テンセントの場合、資本をトラフィックと同等に重要なコアコンピタンスだと考えるようになっている。だがアリババの場合、投資は単なる手段であり、「物事を成し遂げる」ことが主要目的である。
去るのか、それとも頂点に立つのか
アリババから最初の資金を得たら、創業者は二段構えで臨まなくてはならない。あなたの「子供」には潤沢な資金を持つ巨人の「お父さん」ができ、巨人の肩の上に立って遙か彼方を視野に入れることさえできるが、反面、巨人の血液が「子供」の毛細血管に流れ込みもする。
あなたは巨人のピッチにあわせねばならない。買収の段階まで来た場合、表面的には、アリババが買収する企業は、百度やテンセントの場合の百度××やテンセント××のような企業名変更はなく、口碑は口碑、高徳は高徳のままで、優酷土豆もアリババ動画にはならなかった。ただ「子供」を作ったあなたは、「子供」の将来に関わることはできないだろう。
33歳の張旭豪氏が24歳で設立した会社を最終的に去るのかどうか、誰にも分からない。去るとしても、アリババの多数の買収案件の中で彼が最初または最後の会社を去った創業者だというわけではない。
2006年にアリババは500万ドルで口碑を買収した。2009年、創業者の李治国氏は口碑の自己決定権を放棄してアリババクラウド(阿里雲)に移り、1年後に完全にアリババから去った。数年後李治国氏は、口碑を去る前、ジャック・マー(馬雲)氏に会ったが、その時彼に肩を軽く叩かれ、「解き放て」と言われたと回想している。
2009年、アリババは中国万網(HiChina)の株式の圧倒的多数を取得し、創業者である張向東氏は遠くシンガポールに赴いた。アリババに融合後の万網の新総裁である魯衆氏はアリババの副総裁にまでなったが、やはり2014年に去っている。
2014年、アリババは11億ドルで高徳地図を買収し、元CEOの成従武氏とCOOの張勤氏は会社を去った。2017年成従武氏はインタビューを受けた際、「私はすでに引退した身です。消え去ったと言うべきでしょう。」と、明らかに寂しげだった。
2015年、優酷土豆はアリババに買収され、その1年後優酷の創業者であるビクター・クー(古永鏘)氏は優酷土豆代表取締役社長兼CEOを離任し、アリババビッグエンターテインメント戦略及び投資委員会議長となった。この時、「ある業界が資本競争の段階まで発展した時が、つまり創業者がカーテンコールで別れを告げ、資本家とプロフェッショナルマネージャーが登場する時である」という36Krのコメントが広く転載された。
アリババはどのような創業者を好むのか?
「アリババは提携パートナー選びでは、規模が大きく強力だからではなく、志があり変化への積極性があるから選ぶのだ。」
創業者がアリババに加入後、もしall inでなかったらどうするのか?
「その人物を差し替えるまでだ。」
ダニエル・チャン氏がインタビューを受けた時のこの会話は、アリババに買収された創業者達の大部分が去るという結末に至った原因への解答かもしれない。アリババに選ばれた創業者グループは往々にしてすでに変化を求め始めており、元々のビジネスや独立性についてそれほど執着していないことが殆どであり、また、M&Aの後、アリババは企業を改造するだけでなく、創業者グループにアリババの関連ビジネスへの深い理解を求め、ひとたびall inを達成できなければ、退けられたり自発的に退いたりして、結末を迎える。
たとえば高徳だ。2013年初め、様々な企業が先を争って高徳と投資によるM&Aについて話し合いに来たが、高徳は拒絶しなかった。私的な雑談の時に、成従武氏はCOOの張勤氏に「こんなにたくさんの企業が我が社を訪ねてきているのに、アリババはどうして訪ねてこないんだろう?」と話している。
「事業型M&Aの大部分で、我々は創業者グループがアリババグループ内でより大きな役割を果たすことをさらに望んでおり、これは絶対だ。」と、アリババ戦略的投資部ディレクター謝鷹氏は36Krのインタビューを受けた際に述べている。
現実に、アリババの戦略的投資に見初められた創業者は、殆どがすでに企業融資の中後期に差し掛かっており、M&Aの対象となることは、企業のオーナーからアリババの具体的事業の管理者に変わり、アリババグループレベルへ報告を行うことを意味する。創業者に志と能力があったとしても、「(アリババの)ピラミッドの頂点は少人数と決まっているから、頂点の人数が増えることを期待してはいけない」と、謝鷹氏は述べている。
元UCウェブ(UC優視)代表取締役兼CEOの兪永福氏は、そういう中でピラミッドの頂点に立った唯一の人物だった。
2014年6月11日午前9時、兪永福氏は「重要な決定:核融合(級の合併)!」という微博を発信し、その20分後、アリババが40億ドル超の価格でUCに対しM&Aを行ったと公式プレスリリースを出した。当時、中国モバイルネットワーク史上最大のM&A取引と言われ、これより以前に百度が91助手を買収した時の2倍以上の価格だった。
その日、UCがある北京優盛中心のオフィスでは、随所に置かれた液晶テレビに例外なく「核融合」の三文字及びアリババとUCのロゴが映し出され、深紅の背景色はまるで勝利を喜び祝っているかのようだった。
今振り返って見ても、当時の兪永福氏は、確かに勝利に向かって進んでいた。
アリババがUCに対してM&Aを行った後、兪永福氏はジャック・マー氏直々の招請を受け、アリババグループの最高意思決定機構「戦略意思決定委員会」の8番目のメンバーになったと発表した。兪永福氏は「私」の代わりに「永福」という三人称を好んで使い、M&A後初の記者会見では「永福はアリババグループの最高レベル管理者の一人で、永福は自らの所属する戦略意思決定委員会に、永福がプロフェッショナルマネージャーになったのでも、誰かの部下になったのでもないことを報告する。」と、その主要テーマを語った。
兪永福氏は新しく設立されたアリババのモバイルビジネスグループの総裁に就任した。翌年、アリババは高徳地図を買収すると、彼は高徳グループ総裁に就任し、高徳のアリババへの整理統合作業の責任者となった。さらにその後、かれはアリババグループ傘下のインターネットマーケティングプラットフォームのアリママ(阿里媽媽)の総裁にも就任し、アリババ上場後最初の共同経営者に満票当選した。2016年10月末、兪永福氏はビクター・クー氏から優酷土豆を引き継ぎ、アリババエンターテインメントグループ(阿里文娯集団)の代表取締役兼CEOに就任した。
兪永福氏がアリババによるM&Aを受けた企業家の中で異質である2つ要素がある。
まず、アリババがUCを買収した時、UCは弱い立場にはなかった。当時、兪永福氏が「UCは売り物ではない」と宣言してから1年余り経っていた。スーパーアプリとして、UCブラウザ(UC瀏覧器)の当時のユーザー数は5億を突破し、毎月の検索数は60億回を超えていた--これらは元々大部分が百度のトラフィックであったものを非常に迅速にUC傘下の神馬捜索へ転換させたのだ。同時に、UCも一貫してモバイルタオバオ(手機淘宝)の重要なサードパーティーのトラフィックソースだった。
次に、兪永福氏は元々整理統合の名手だった。彼はかつてUC内部で、買収した携帯ゲームプラットフォーム九遊をPP助手と整理統合させることに成功している。2014年アリババがUCを買収する前に、彼はアリババの資産の整理統合を通じ、好評価を得ていた。元々のタオバオブラウザを整理統合してUCパソコン版ブラウザ事業をリリースし、またアリババ傘下の一捜を整理統合し、すぐに引き続き神馬捜索をリリースした。
まさにこれらのことにより、兪永福氏の弁では、アリババシステムに加わったUCは依然として「永福路線」に従っており、彼がアリママと高徳を引き継いだ後、彼は「私はUCの文化でアリママと高徳を変える」とさえ言っている。
張旭豪氏と兪永福氏はどちらも「上場」を声高に叫んでいたが、M&A以前、UCは「(百度・アリババ・テンセントの中で)UCを手に入れた者が天下を取る」という言われ方もあった。しかし張旭豪氏は明らかに兪永福氏の再現とはいかず、アリババのどんな所も「餓了麼の文化で変える」ことができるなどとは誰も想像できないだろう。
「事業価値を生み出すことができる投資を我々は良い投資だと考える。」と謝鷹氏は36Krに述べている。「事業価値を生み出す」ことは審査のベースとして、対象選択や投資後の強力な整理統合において具体的に現れ、創業者の去就についてのアリババの態度にも反映される。
2017年11月、アリババは高鑫零售(サンアートリテール)の第二大株主になった。ダニエル・チャン氏が大潤発(RTマート)代表取締役の黄明端氏に「ピーター(=黄明端氏)、もしあなたが去らなければ、あなたのグループは安定し私は投資を行うが、あなたが去るなら私は投資しない。」と言ったと、サンアートリテール傘下スーパーRTマートCOOの袁彬氏は取引の詳細を明らかにした。これについてアリババの回答は、オフラインスーパーの事業は自分達が熟知し得意とするところではないので、「このビジネスを行うのは黄明端氏のグループがより適している」というものだった。
結局、やはり「ビジネス」である。
高鑫がアリババの懐に飛び込み、黄明端氏がとどまる決心をしたのとほぼ同時刻、ダニエル・チャン氏は公開書簡を通じて、兪永福氏のアリババビッグエンターテインメント代表取締役とビッグエンターテインメント及び高徳の総裁からの離任を発表した。半年余り後、兪永福氏はeWTP(Electronic World Trade Platform、ジャック・マー氏が設立を発起した「グローバルECプラットフォーム」)システムファンドを取り仕切ることになる。
兪永福氏はアリババのエンターテインメント事業低迷の尻ぬぐいをしたのだ。彼が得意とする投資業界に再び戻ってきた時、彼はやはりあくまでも、eWTPシステムファンドはアリババだけにとどまらず、アリババに属さず、「eWTPファンドが作ろうとしている投資システムはアリババグローバルシステムをベースとする構想ではなく、アリババの視点を超えたシステム全体を繁栄させるものなのだ。」と主張した。
最終的に、永福氏はメディアが彼に冠した「ジャック・マーの後継者」にはやはりなれなかった。
1億の利益はアリババにとって意味をなさない
このように事業の結合を強調するアリババの投資は一朝一夕で形成されたものではない。2014年以前、リターンの追求と企業を支援する金融投資は依然としてアリババの投資において重要視されていた。
2005年8月、旧暦の7月7日、アリババとヤフーの提携に2つのバージョンが登場した。外国メディアが伝えたところによると、ヤフーはアリババを吸収合併しその株式の40%と議決権を35%取得したが、国内のバージョンではアリババがヤフーチャイナを買収し、10億ドルの出資を得た。
いずれにしても、これがアリババが対外的に言明している投資のスタートラインだ。
「2005年、2006年、アリババにはまだそんなに資金が無く、投資というものも理解していなかった。」テクノロジーとファイナンスという二つのバックグラウンドを持ち、当時ジャック・マー氏によってアリババへ招請された経営幹部が36Krに回想しながら言った。「私は投資・M&Aを行いたかったが、その事業はなかったので、私はテクノロジー担当とされた。」
2008年、アリババキャピタルパートナーズ(阿里資本)が設立された。アリババキャピタルパートナーズを設立したのは金融投資を行うために間違いないと、多くの消息筋が36Krに証明した。当時のアリババ内部では、タオバオやB2B等それぞれの子会社に戦略的提携部門を設置しているだけで、グループレベルでの投資は金融投資だけだった。2008年から2011年まで、Sogou(捜狗)・易図通・UC等の企業に投資を行ったとはいえ、全体的に見るとやはり模索段階だった。
元アリババ戦略的投資ディレクターで湖畔山南資本共同経営者の盛森氏は、変化は2012年末に起きたと、36Krに述べた。「ジョナサン・ルー(陸兆禧)氏(前アリババCEO)が後にバラバラだった戦略的提携部門から、海外のバックグラウンドを持ち、能力が比較的高い人物を引っ張ってきてグループレベルの戦略的提携部門を組織した。1年足らずで、戦略的提携部門は2つに分かれ、一部の人間は政府関係を担当し、残りがグループの戦略的投資部門の原型になったのだ。」
戦略的投資部門で働いていた時に盛森氏が最も頻繁に赴いたのが事業部門だ。「呉媽(アリババ十八羅漢の一人、呉泳銘氏)、三豊(現アリババグループ副CTO姜鵬氏)、逍遥子(ダニエル・チャン氏)は私のサービス対象で、彼らは非常に多忙だったが、戦略的投資の条項について相談するため、しばしば彼らの食事の時間を押さえて話した。彼らが営業会議を開いているのにぶつかり、待つ時には、1,2時間は待った。」
盛森氏はある時、姜鵬氏を訪ね投資条項を討論したことを覚えている。姜鵬氏は投資事項について理解しておらず、盛森氏は一つ一つ彼に説明した。「三豊は煙草を吸い、戦略的投資の意思決定も慎重で、私は彼が私の目の前で1本また1本と煙草を吸うのを見ていた。だいぶ経ってから彼は投資すると言ったのだ。」アリババの戦略的投資プロセスにおいて、投資部門と事業部門は「andの関係」であり、両方が同意して初めて最終的な投資が実行されるのだと、盛森氏は36Krに語った。
彼はかつてダニエル・チャン氏が出した投資の要求を拒絶したことがあった。「その時逍遥子(=ダニエル・チャン氏)はTmallの家装館の作業をしており、部下が3D建築モデルの企業への投資を提案した。だが投資グループは、企業自身の持分構造が不明瞭で、投資は不要だが、業務提携は可能という判断をした。」
一方、元々専門能力が不足していたアリババキャピタルパートナーズも、2012年に比較的ベテランの投資家--前ノーザンライトベンチャーキャピタル(北極光創投)副総裁の張鴻平氏を迎え入れた。これ以後、アリババの投資は「EC事業との適合性重視」からECとのシナジー効果を得られる業種にも投資するようになり、当時はLBS(位置情報サービス)とSNS(ソーシャルネットワーク)の分野に最も重点が置かれていた。
ある投資銀行関係者の分析では、当時アリババの投資には2種類あった。1つは早期投資で、主に金融投資であり、一般的なベンチャーキャピタルと同じで、目的はエコシステム構築とレイアウトの打ち出しである。たとえば、Momo(陌陌)・美団・丁丁網・117go(在路上)等は、アリババは少数株主持分投資を採用した。もう1つは投資対象企業にアリババの事業との強力な整理統合を求め、アリババ自身に有益であれば、「持ち株でも買収でもいいし、持ち株比率も、相談しましょう」というものだ。
2013年3月、ジャック・マー氏の態度がアリババによる投資の方向性を変えた。
香港で開催されたクレディ・スイス(瑞士信貸)のアジア投資会議で、ジャック・マー氏は、アリババは3年前からモバイル事業を展開しているが、ライバルのテンセントとそのWeChatサービスの発展スピードにずっと追いつけず、将来、アリババグループは買収とM&Aにより競争力を身に付けるだろうと述べた。
この発言より2ヶ月前のある日の深夜、テンセントのWeChatグループは微博においてWeChatのユーザー数が3億を突破し、ダウンロード数とユーザー数が世界最多の通信ソフトになったと発表した。もう1つの背景は、アリババ集団はアメリカ証券取引委員会へのIPO申請を計画中で、事業能力強化がこれまでになく要求されていることだ。
これ以後、アリババは徹底的に金融投資を放棄し、事業結合を強調した戦略的投資路線はこれ以上改めず、投資対象企業株式の持株比率を徐々に20%から30%、或いはそれ以上に引き上げたが、一方でかつて広く注目を集めたアリババキャピタルパートナーズはもはや存在せず、張鴻平等金融投資の責任者も最終的に去って行った。
2014年にアリババを辞職したある金融投資家は36Krに、「アリババが金融投資で得た1億の利益は何も意味を成さず、求められていたのは大いなる布石を打ち、大金を稼ぐことだった」と語った。
当時の背景では、ジャック・マー氏をこの変化の基礎を築いた人物だとするなら、ジョセフ・ツァイ(蔡崇信)氏はこのモデルチェンジの中心的な意思決定者だといえる。
イェール大学経済学学士・法学博士をバックグラウンドに持つジョセフ・ツァイ氏はスウェーデンの持ち株会社インベストールで働いていてジャック・マー氏と知り合った。1999年、彼は数百万ドルの年俸を捨て、月給500元でアリババのメンバーになりCFOに就任した。アリババに来て間もなく、ジョセフ・ツァイ氏はアリババの従業員を集め、杭州の蒸し暑い夏の夜に、小さなホワイトボードを持って、汗だくになりながら最も基本的な「株式」「株主資本」から教え初め、続いてアリババを創業した「十八羅漢」をサポートし、国際慣行に完全に合致した株式契約を18部起草した。この時から、アリババは一企業として大雑把な資本の原形を持つようになったといえる。
テンセントのNo.2であるマーティン・ラウ(劉熾平)氏も投資銀行を背景に持つが、彼がテンセントに加入した時、テンセントはすでに香港で上場されていた。テンセントに入るなりすぐに「首席戦略的投資官」になったマーティン・ラウ氏は、戦略・M&A・投資家関係という「担当者のいなかった3つの仕事を担当した」。比べてみると、草創期に加入したジョセフ・ツァイ氏の方が、アリババとより深いレベルで「共に歩んできた」。
アリババのCFOは、ただ財務を担当するだけでなく、一貫して事業と切り離すことができない役回りだ。かつてある業者は、その出店がタオバオモールの規約に違い、「逍遥子」名義の閉店警告を受け取ったが、その警告を出した「逍遥子」が2007年8月にタオバオCFOに就任したばかりのダニエル・チャン氏だった。
2013年4月、ジョセフ・ツァイ氏はCFOの職を離れ、グループ取締役会執行副首席に就任し、主にグループによる戦略的投資の責任を負っている。2017年2月、百聯グループとの戦略的提携達成を発表後の記者会見で、アリババグループのCEOにすでに就任していたダニエル・チャン氏は初めて、一貫して戦略的目標に従事し、金融投資を行わないというアリババの投資原則に言及した。
「実際、どの段階であっても、その段階において最も正しいことを行う。」謝鷹氏は36Krに「投資による金儲けは我々の主要目的ではなく、精兵や勇将をより必要としている戦略に配置するのだ。」と語った。

防御・境界・DNA
Baiduやテンセント--QQ・WeChat・ゲームのトロイカで中国人の社交本能や注意力の独占を成し遂げたテンセント、グーグルの中国撤退後検索エンジンで一人勝ちのBaiduと比べると、「世の中のビジネスをもっと簡単に」を出発点とするアリババは、一貫して競争において落ち着くことができなかった。
アリババについていえば、ライバルが周囲の様子を窺っている状況に変化は無い。アリババ誕生時、前には伝統的な実店舗ビジネスと、当時のアリババが全力で追い掛けたECのebayやアマゾンがいた。現在、アリババは依然としてオフライン小売との市場シェア争奪戦に直面し、聚美優品・Vipshop(唯品会)・から今日のJD(京東)・拼多多・RED(小紅書)まで、アリババを追い掛け、アリババを山分けしようとするECの群雄がいる。
アリババグループの戦略的投資ディレクターの謝鷹氏はテンセントを「トラフィック企業」と呼び、アリババを「ビジネスを本質とする企業」と呼んだ。ビジネスをすれば、顧客がいてサプライチェーンがあり、産業チェーンがあって川上産業・川下産業がある。アリババ初期の重要な投資案件を整理すると、いずれも「ECを行う」というコアをめぐり展開していることがはっきりわかる。

(アリババ数年来の投資数量と金額のグラフ(データソース:IT橘子))
すでに2005年にアリババはヤフーチャイナを買収し、ジャック・マー氏は一切の質疑にこう答えた。「ECの中国における発展にはツールとして検索エンジンが必要で、我々は多くの検索エンジンの調査を経て、ヤフーのみが適していることがわかった。」ジャック・マー氏は、ヤフーの買収はアリババの「最も素晴らしい一手」であり、それのエントランスレベルにおけるアリババにとっての価値を証明するに充分である。
8年後、アリババによるUCや企業データサービス企業Umeng(友盟)の買収もやはり同じように、自身にデータベースがあれば他人に束縛されないという発想によるものだ。兪永福氏はかつて、UCとアリババがファミリーになれた原因は、「アリババはECのやり方がうまく、UCはEC以外のやり方がうまい」からだと説明した。
金融投資については、投資収益の多少により成功か否かが比較的はっきりと線引きできる。「全ての投資は事業に奉仕する」アリババでは、評価システムが複雑化している。40億でUCを買収し、当時の最高価格を記録したが、UCの以後の発展はアリババが買収した時の予想とは落差があった。しかし当時のアリババにとって、UCが示す「モバイルネットワークのポータル」、及びUCのユーザー数や海外市場価値は、防衛型買収だとは単純に理解できなかった。
「アリババがUCを買収しどれほど収益を上げたかは言えないが、アリババは金を使ってライバルを取り除いた。」と、ある投資家が36Krにコメントした。
アリババによる全ての投資の中で、EC・企業サービスは今なおTop2を占め、第3位はエンターテインメントである。上述の業界関係者は、「容易に理解できることだ。当初アリババは商品を販売するスーパーだったが、その後ショッピングモールに変化し、様々な専門店やブランドショップを開き、同時に代金の受け払いや物流までやり始めた。エンターテインメントも標準装備で、多くの人が映画館に行くためにショッピングモールを散策するのに似ている。」と分析している。

(アリババ投資企業のタイプ分布図(データソース:IT橘子))
トラフィックを擁するテンセントは先天的に際限が無いといえるが、「ビジネスを行う」アリババは後天的に絶えず自らの境界を広げていく必要がある。2012年、ジャック・マー氏はこの先10年間で中国人にとって最も重要なのは「ダブルH(Happiness and Health、幸福と健康)」だと訴え、エンターテインメントをテーマにしたTTPOD(天天動聴)・蝦米・優酷土豆・大麦網・チャイナビジョンメデイア(文化中国伝播;後にアリババピクチャーズ(阿里巴巴影業)と改名)等をアリババは一つ一つ手に入れていった。
アリババの財務報告によると、2017会計年度中、デジタルメディアとエンターテインメント由来の営業収入は195.64億、アリババグループ全体の営業収入に占める割合は7.82%で、アリババの各ジャンルの中で貢献度は明らかに低い。2018年第1四半期、営業収入52.72億・営業損失35.41億のビッグエンターテインメントはアリババグループ内の「損失王」に登りつめた一方、アリババのECとアリババクラウドの事業はやはり高い成長率をキープしている。
一つ一つ項目を見ていくと、アリババによるビッグエンターテインメント分野への投資も成功しているとは言い難い。「小さく美しい」蝦米ミュージックやTTPODは整理統合後、「小さい」部分だけが残された。アリババピクチャーズは設立3年でリーダーが4人更迭され、優酷は市場シェアと課金ユーザーの面でそれぞれ百度系のiQiyi(愛奇芸)やテンセントビデオに大きく後れを取り、3番手に甘んじている。
ある業界関係者は、36Krにこうコメントしている。このようなリソースを持っているのだからアリババビッグエンターテインメントは「やり方は間違いなく良いとは言えないが、間違いなくより良くしなければならない。」彼女は少なくとも2つの面で大きな問題があると考えている。一つは経営陣の不安定さ、もう一つは「テンセントネオカルチャークリエイティビティ(騰訊新文創)と比べると、アリババのエンターテインメントシステム内の企業はまだ点であり、お互いにつながっておらず、線になっていない」ことである。
しかしアリババの評価システムでは、「優酷は非常に優れた投資」で、アリババの戦略的投資ディレクターの謝鷹氏は36Krに対してこう強調した。非常に優れているというのはウィンウィンであることを意味している。オンライン動画は絶えず金がつぎ込まれる業種で、アリババは優酷が現金化効率を上げられるよう弾薬を提供することができる。また優酷はモバイルエンドの製品マトリックスを改善したが、より貴重だったのは、アリババには一貫して欠如していると外部から見られていたエンターテインメントのDNAがもたらされたことだ。
アリババについていえば、境界を突破し、DNAを増殖させる戦略的投資が成功するか否か、外部が考えるよりもかなり長い時間を必要とするのかも知れない。
兪永福氏による成功とは言えない整理統合から1年後、そして外部のアリババビッグエンターテインメントに対する批判が最も激しかった2017年末、ダニエル・チャン氏は、アリババビッグエンターテインメントでクラス委員制をベースにした順番交代総裁制を実施すると発表した。エンターテインメントをより理解していると見なされている一人目の総裁の楊偉東氏は半年かけて、久し振りの優酷のサプライズを外部にもたらした。今年5月、優酷はCCTVが指定する2018ワールドカップ公式ニューメディアパートナーとなり、「優酷・iQiyi・騰訊」の内、唯一ワールドカップのインターネットライブ配信権を持ったプラットフォームとなったのだ。
点から面への布石も初期段階で現れている。ネット配信のバラエティ番組『這!就是街舞(Street Dance of China)』を通じ、優酷と蝦米は初めてビジネスインタラクションを行った。そして近頃アリババは蘇寧スポーツに戦略的投資を行い、ワールドカップライブ配信でテストに成功した優酷は、全く新しい「優酷スポーツチャンネル」を世に出したのだ。
外部の評価とアリババ内部の評価が割れたのは、謝鷹氏が語った「アリババの投資ビジョンにおいて、M&A案件の成功可否の判断は、投資の出発点にのみ関わりがある」ということが原因の一つかも知れない。自らが投資する企業について、まだ「事を成し遂げる」方向を向いてさえすれば、アリババは充分な資金と時間があると考える。
第三の道はあるのか
アリババの多数の投資対象企業の中で、2人だけが「去るのか、それとも頂点に立つのか」以外の第三の道、すなわち陣営を離脱して自ら一派を成すという道を選んだ。
1人はかつてテンセントをアメリカに、アリババをソ連に、自らを中国にたとえた美団点評CEOの王興氏、もう1人は「必要あらば戦う」、滴滴出行の創業者程維氏である。
2011年、アリババは自らがリードインベスターを務める5000万ドルのシリーズBラウンド融資を美団に提供した。5年後、美団のシリーズEラウンドにおける33億ドルの融資はテンセントがリードインベスターを務め、これ以後、アリババは美団の株式を全て手放した。
2013年、滴滴は、競争相手の快的がアリババによる400万ドルの投資を獲得して間もなく、テンセントによる1500万ドルの投資を受け取った。2015年、滴滴と快的の合併後、シリーズFラウンドにおける30億ドルの融資には、意外にもアリババの影も見えた。
アリババ・テンセント・滴滴・美団の4社はかつて王興氏が雑誌『財経』のインタビューに対する返答で交錯している。2015年10月、美団点評の合併後、王興氏はジャック・マー氏とダニエル・チャン氏に会うためテンセントを訪れた。当時滴滴と快的はすでに合併を完了しており、彼はこの前例を見て興奮した。元々アリババとテンセントは不倶戴天の間柄だが、後に和解して共に滴滴の株主になっていたからだ。王興氏はきっとこの成功を再現しようと思ったに違いなく、アリババとテンセントを同時に抱擁したが、アリババの「滴滴の快的との合併はアリババにとって失敗例だ。我々はこの過ちを再び犯してはならない。」という回答に、頭から冷水を浴びせかけられた。
なぜアリババは滴滴快的の合併を敗北と見たのだろう。かつてアリババの戦略的投資部門で働いていた経営幹部が36Krに語ったところによると、アリババがコントロール権限を失ったからだ。「滴滴快的の合併で、快的の上層部がほぼ全て去ってしまったが、これがアリババにとっては失敗だった。」
なぜ王興氏が後に一転してテンセントに身を投じたのかについて、この点もまたうまく説明している。王興氏にとって、テンセントは友人であり、重要な株主であり、より良き同盟者であると言っている。この発言の前提は、ポニー・マー(馬化騰)の「分散化」という投資理念のもと、王興氏が美団に対する充分なコントロール権限を持っているということだ。
テンセントは最初から「盟友」と好評を得ていたわけではない。2011年以前、成長著しいインターネット分野で、テンセントは巨大なモンスターだった。2010年末までの「3Q対戦(360 VS QQ)」がポニー・マー氏とテンセントの姿勢を徹底的に変えたのだ。
2010年11月11日、ポニー・マー氏は「全従業員への手紙」と題する内部メールを発信した。その中には以下のように書かれていた。過去、我々は何が正しいのか常に考えていたが、現在、我々がより多く考えねばならないのは認めてもらえるものは何かということだ。この後、テンセントの機能のコアオープン化についての内部討論で、マーティン・ラウ氏は「資本によるオープン化推進」が支持を得た。12月5日、ポニー・マー氏はその年の中国企業指導者年次例会に参加し、「馬八条」(『インターネットの未来に関する8条の論題』)を発表し、テンセントは戦略の転換期に差し掛かり、転換原則は「オープン化とシェア」の2つだけだと宣言した。翌年1月、テンセントインダストリーウィンウィンファンド(騰訊産業共贏基金)が設立され、共生とウィンウィンの投資基調がここに打ち立てられた。
2013年、テンセント副総裁であり、テンセントインダストリーウィンウィンファンド代表取締役社長の彭志堅氏の仲介で、程維氏と滴滴のエンジェル投資家王剛氏はポニー・マー氏と面談する機会を得た。その後、王剛氏は、「ポニー・マー氏は度量が大きく我々の全ての条件について基本的に承諾してくれました。それには企業のビジネスの独立発展に干渉せず、コントロール権限を求めようとしないことが含まれていました。ただ1つだけ、彼はより多くの株式を保有したいと希望しました。」と回想している。
テンセントの投資責任者は多くが投資銀行をバックグラウンドに持ち、金融投資家寄りの仕事のやり方をすると、ある投資家は36Krに分析を示した。「株式を保有するかしないかはテンセントにとって余り重要ではない。ある企業の株を51%買うのも5%買うのも、テンセントにとって事業価値はあまり変わらない。アリババとテンセントでは、アリババが違うのではなくテンセントが違うのであり、WeChatシステムでは何を買っても戦略的価値があるのだ。」
美団の例を見ると、アリババの投資企業に対する事業融合の強引なコントロールは王興氏のように自主性が強い創業者をテンセント陣営へ向かわせてしまい、テンセントは「3Q大戦」後、他の企業とオープンで共生する状況を維持させたいので、美団が自ら一派を成す余地ができたのだ。
もう一方の滴滴は、アップル・ソフトバンク・Uber・アリババ・テンセント等中国内外の大手を含む史上最も豪華で最も複雑な取締役会システムを作り上げた。程維氏はかつてこのように表明している。「ベンチャー企業が台頭しようとするなら、ひたすら競争するだけではだめで、「外交」(戦略的資本と同盟)が最も大事な要素となる。歴史上の多数の国家が台頭へ向かう道のりを見ると、外交がまずあり、戦争は後だ。過去5年間、中国のインターネットベンチャーのほぼ全てのチャンスにBAT(百度・アリババ・テンセント)が関係しているが、BATは競争関係にあるので、それぞれが別の企業に投資し、「代理戦争」が起こる。たとえば動画・デリバリー等は、戦いがいつまでも終わらない。唯一の方法は大手全てが我々をサポートすることで、そうすれば金をかけて非効率な戦争する必要がなくなり、同時にお互いの利益が調和し、最も理想的な構図になる。」
程維氏の計画は、大手が牽制しあってできた隙間に大樹を育てるものである。
1つのテンセント、無数のアリババ?
反抗が最も激しい息子は、父親によく似た人物になる。
滴滴と美団は小さな巨人から新たな巨人になり、積極的に投資の布石を打つようになり、彼らとよりうまくいっているテンセントよりも、さながら徐々に自分から遠のいていったアリババのようだ。
滴滴は2016年ofoに投資し、その後も連続して何度もフォローし、ofoの最も重要なスポンサーの一人となった。2017年7月、滴滴は経営幹部をofoに派遣し、滴滴のシニアバイスプレジデントである付強氏は営業を担当し、滴滴の財務責任者である柳森森氏は財務モジュールを整理した。滴滴オープンプラットフォーム責任者の南山氏は求人に応募してofoに加入し、主にマーケティング予算のコントロールを含む市場及びユーザー増加を担当した。他に数十名の滴滴従業員が彼らと共にofoで職に就いた。
これについて、滴滴は「保護者というのは子供が間違いを起こすのを見ていられず、是正の手助けをしようとするものだ」という見解で、ofoは「滴滴に祭り上げられた」と考えた。ofoの創業者戴威氏は一貫して独立運営したいと考えていたが、惜しむらくは彼が出会ったのが程維氏で、程維氏が当時出会ったポニー・マー氏ではなかったことだ。
一方で、美団による買収が決まってから、王興氏はほぼモバイク(摩拜)のオフィスに「生えて」いた。創業グループと個別に長談義しただけでなく、コアディレクター以上の従業員とも一人一人話をした。あるメディアの報道では、王興氏はしきりに「なぜ?」と尋ね、しきりに集中してデータ入力を行い、「それから彼はもう一度自分のアルゴリズムで計算し直していたようだ」と伝えている。その後、モバイクの真の主導者である、元CEOの王暁峰氏が離任し、CTOの夏一平氏は美団に転任となりモビリティーラボ責任者に就任した。創業者の胡瑋煒氏は留任し、見たところ精神的シンボルとなっている。
7月5日、モバイクは美団アプリのトップページに並んだ。餓了麼が2017年6月にアリババから10億ドルの資金を調達して同年10月にアリペイのトップページに載ったのに比べて、1ヶ月早い。
「美団と滴滴はいずれも商売のビジネスを本質とする企業だ。戦略的投資を行う以上、彼らは上流・下流の業務提携を必ず意識する。」美団・滴滴とアリババの小売EC事業は似ており、いずれも産業チェーンの上流・下流の強力なパートナーを必要としていると、アリババの戦略的投資ディレクターである謝鷹氏は考えている。
謝鷹氏は企業のビジネスの本質が投資のスタイルを決定すると考えている。
「テンセントはトラフィック企業で、トラフィックに依存して生存する企業だ。ビジネスの本質を比べると、テンセントはどのようにすればトラフィックの価値が最大になるかをより気にしている。あまり適当な例えではないが、高速道路でトラクタートラックが走っても自転車が走っても、テンセントにとっては何の違いもなく、重要なのは車が走ることなのだ。」謝鷹氏は言う。「アリババはビジネスを本質としている。商事会社には上流・下流の産業チェーンがあるので、我々はさらに融合・協力し、さらに適したパートナーを選び仕事事をしたいと思っている。」
ダニエル・チャン氏の表現はより直接的だ。「要するに、買収は一種の請負で、請け負わないなら、金を出せばそれでいい。5つ同じように金を出して、その中の1つがうまくいけば儲かる。2種類目の無責任な投資戦略は、自分の投資している馬の走りが悪く、走って足を痛めてしまったら、今度は別の馬に投資するというものだ。我々はこのような戦略は取らない。皆気持ちが通じ合っており、あなたの馬を私に差し出してくれたら、それは我々共同の馬になり、私はその馬をしっかり走らせてやらねばならない。」
ある業界関係者は、これはテンセントが投資時に採用している「競馬方式」をダニエル・チャン氏が暗に指しているものと考えている。「競馬方式」は、大いに成功を収めた「QQ秀」の開発で最初に用いられ、その中心は企業内部の競争の奨励で、王者栄耀は競馬の産物であり、WeChatも同様である。
しかし「競馬方式」が対外投資に用いられた場合、テンセントの共生とウィンウィンの友好的な顔に、非協力的・リソース不足・捨てられるリスクの存在など、別の一面が現れる。
”人人車”創業者李健氏が金融投資家テンセントによる人人車への協力について述べた際、テンセントは人人車が初期に発展させたブランド裏書きに最も価値があるとした。「雷軍氏とテンセントが投資で人人車に力添え」この文句は会社のサイトのトップページに長い間掲載されていた。ある財務顧問が36Krに語ったところによると、「テンセントの投資の90%は、投資対象企業にとっては何もサポートにはならず、テンセントの最大のサポートはトラフィックだが、WeChat九官格に入るのはわずかだった。」
テンセントは”拼多多”へ投資した後、システム内にライバルの「小売のベテラン」JDが入ったので、グーグルの力を借りざるをえなかった。陣営の快手がTik Tok(抖音)にかなわなかった時、テンセントは自ら出陣し、WeShow(微視)をリスタートさせた。
上り調子のアリババの別の一面、それは間違いなくリソースの充分な供給が可能なことだ。謝鷹氏は説明する。アリババは通常事業部門が主管して非投資部門から投資対象企業へ赴き取締役を務め、提携協力を促す。その一方で、投資の持株比率の多少に関わらず、戦略的投資であれば業務提携合意を締結し、「かりに5%だったとしても、業務リソースを供給する。」
最新の例では、「Tmallニューリテール」のRTマート店舗に対するアップグレード改造である。RTマートはオンライン/オフライン一体型の盒馬生鮮で天井からつり下げてあるチェーンを導入し、配送の発注は盒馬の物流グループに任せるこのモデルは、将来全国に展開されるだろう。「盒馬生鮮は研究開発を担い、RTマートはその再現を担っている。」
アップグレード改造の責任者はRTマートCOOの袁彬氏である。彼は言う。「アリババと盒馬は試行錯誤を全て終えて、今は高速道路がきちんとでき、RTマートはそのまま行けばいい。裏返して言えば、その他のプラットフォームがアスファルトやセメントを提供し、あなたに自ら道路を舗装させるやり方はどうして速く進むでしょうか?」
現在、これはこの時代の創業者の目の前に益々早く現れる選択問題となりつつある。アリババ式のビジネスを本質とする大手の、強力コントロールと巨大リソースを選ぶのか、テンセントの陰に隠れ、より大きな自主的空間を享受し、事業協力の少なさに耐えることを選ぶのか?大手の一部になって1つの仕事をするのか、別の陣営で自分の仕事をしっかりするのか?
JDと滴滴の答えはバランスを取り、国外の大手に助けを借りることだった。
美団は米ソ冷戦時に中国が歩んだ道のりを歩もうとしているようだ。
老舗の大手百度は内部での摩擦により同じようにトラフィック企業になるチャンスを失い、アリババ・テンセントとの競争から徐々に遠く取り残されつつある。新たな巨人の中で、アリババに似た滴滴・美団を除き、ただToutiao(今日頭条)だけがトラフィック企業の様相を呈している。では、Toutiaoはもう一つのテンセントになるのだろうか?
アリババの答えは「Maybe」だ。