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最近、日本でも話題になった中国のテックニュースがいくつかある。
まずは「DeepSeek」の登場だ。既存のAIモデルに比べ、驚異的な低コストで開発されたこの大規模言語モデル(LLM)は、スマートフォン向けアプリがリリースされるや日米の無料アプリダウンロードランキングで1位となった。さらに、米国のAI関連株の株価が大きく下落し「DeepSeekショック」とまで言われた。
次に、昨年8月にリリースされた大作タイトル(3Aゲーム)の「黒神話:悟空」。そのアクションやグラフィック、独創的なクリーチャーデザインが世界的に高く評価され、英国「Golden Joystick Awards 2024」では最優秀作品賞、「The Game Awards 2024」では最優秀アクションゲーム賞を獲得するなど、数々の賞を受賞した。中国発のゲームが世界で通用する時代の到来を感じさせたこの作品を手がけたのは、「GAME SCIENCE(遊戯科学)」という企業だ。
また、春節前の大晦日に放映される国民的番組「春晩(春節聯歓晩会)」では、人型二足歩行ロボットによる一糸乱れぬ伝統踊りのパフォーマンスが話題に。中国メディアはもちろん、海外メディアでも報じられた。このロボットは、二足歩行・四足歩行ロボット分野の代表的企業「Unitree(宇樹科技)」の製品だ。
杭州発の新興ハイテク6社ーー「杭州六小龍」
AI企業のDeepSeek、ゲーム企業のGAME SCIENCE、ロボット企業のUnitree。これら3社には共通点がある。それは、いずれも浙江省・杭州市に本社を構える企業なのだ。そして、この3社を含めた新興ハイテク6社が「杭州六小龍」と呼ばれ、注目を集めた。
では、残りの3社を紹介しよう。
米Neurallinkに続き、2億ドル(約300億円)を超える資金調達に成功した、中国を代表するブレイン・マシン・インターフェース企業「BrainCo(強脳科技)」。四足歩行ロボットの分野で強く、アジア各国でもソリューションを展開する「DEEP Robotics(雲深処科技)」。最近では同社の4足歩行ロボがシンガポールの電力トンネルのチェック巡回点検に採用された。空間設計ソフトウェアで世界最大のユーザー数を誇る「群核科技(Manycore Tech)」。
興味深いことに、六小龍のなかには杭州をハイテク都市にさせた、アリババやアリペイ(支付宝)で知られるフィンテックの「アント」といったアリババ系の企業は含まれていない。
杭州発の有力テック企業やユニコーン企業は他にも多数存在する。例えば、防犯カメラの世界最大手の「ハイクビジョン(海康威視)」も、「荒野行動」などで知られるネットイースゲームス(網易遊戯)も、ARグラスで存在感を示す「Rokid」も杭州の企業だ。杭州発の製品はソフトウェアやECサービスだけでなく、エンタメやコンテンツ、ハードウェアでも実績があり、生産できる土壌が整っているといえる。
杭州がハイテク企業を輩出する理由
もちろん杭州が唯一ハイテクに強い都市というわけではなく、北京や上海や深センなど中国各地で地元政府が産業支援を行い、世界レベルの企業や製品を生み出している。それでも杭州が目立つのは、DeepSeek、GAME SCIENCE、Unitreeなどの話題の新興企業が、似たタイミングで一斉に台頭したからだ。
その理由は、当然偶然ではない。
杭州市は以前からイノベーションに力を入れてきた。例えば、新型コロナウイルスのパンデミック時に中国全土で導入された「健康コード」は杭州で開発されたものだ。杭州発の積極的なITサービスについては、「アリババと手を組み中国のIT化を進める先進行政都市『杭州』が面白い」という記事を参考にしていただきたい。
それから、ハイテク人材を育てる大学資源も充実している。北京大学と並ぶ浙江大学や、国が重点的に支援する新型研究型大学「西湖大学」、そして芸術分野で名高い中国美術学院などがその代表例だ。
中国国内の都市間競争は激しい。杭州は他都市に負けじとイノベーションの街を推し進めた結果、優秀な大学生のなかには、アリババなどの大企業を目指さず最先端の技術で起業しようとする人もそれなりにいた。実際、DeepSeek、DEEP Robotics、Manycoreの3社のトップは浙江大学の出身だ。中国美術学院の有能なコンテンツ制作人材が多数いることから、GAME SCIENCEは杭州を拠点に選んだ。
また、中国では産業の振興には政府のバックアップが重要だ。杭州政府はハイテク企業の支援政策を次々に出した。ハイテク産業パークやラボの設立をモバイルインターネットの勢いが落ちてきた2017年から行った。現在は「浙江省『人工智能+』行動計画(2025-2027年)」を掲げ、AI企業への支援を強化している。
さらに、補助金支給の透明性なども確保。従来のように役人との会食や煩雑な手続きをなくし、合意後すぐに資金が振り込まれる仕組みが整備された。世界銀行の2023年版ビジネス環境報告書では、杭州の「契約履行効率指数」は世界12位となり、シリコンバレーの本拠地であるサンフランシスコの19位を上回った。その結果、杭州の純人材流入率は長らく中国の都市ランキングで1位を維持し、若者が起業したり就職したりするのに理想的な場所となっている。
適切なタイミングで、次の時代を見据えた政策が推進され、また有能な人材が豊富にいたことから、杭州にアリババとは全く異なるハイテク企業が誕生した。
浙江省はよく伝統的に「商人の町」と言われ、短期間での利益回収を重視する傾向がある。しかし、DeepSeekやGAME SCIENCEの若い起業家たちが、より長期的な視点で技術開発やコンテンツ制作を進めている。こうしたスタイルは、従来の浙江商人のビジネス思考とは真逆であり、新たな杭州のスタートアップ文化を形成したとも考えられる。
上海から高速鉄道で45分の距離にある杭州は、商人気質の人々が集う中国においてECで業界の方向性をリードしてきた。しかし、今のテックトレンドはモバイルからAIをはじめとする多分野へと広がり、そこで新鋭の中国スタートアップが次々と世界の舞台へと躍り出ている。その中で重要な役割を担う杭州市は、これからも中国のイノベーションを語る上で欠かせない都市となり続けるだろう。
(文:山谷剛史)
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