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他国に過度に依存する状況を変えるために、今年10月に誕生した岸田政権は目玉政策として「経済安全保障政策」という新しい分野の構築と推進を始めた。ただ、経済安保政策が日中間の経済関係や日本企業の対中協力姿勢に悪影響を及ぼすのではとの懸念も一部で生じている。
米中貿易摩擦や日本のサプライチェーンの脱中国依存などといった新たな課題に直面する中で、日本は対中政策において、現実的な外交・経済交流と地政学的リスクへの対応のどちらを優先するべきなのか。中国との取引がある日本企業はどう対処すべきだろうか。
2018年以降、米中間の貿易摩擦がエスカレートし、両国の関係は悪化の一途をたどった。日本の経済安保戦略の見直しが米中関係の影響を受けていることは明白だ。とはいえ、米国内でも対中貿易の扱いについて見解は割れている。政治や貿易面で米中の対立は続いているものの、米国のビジネス・産業界は板挟みの状態から抜け出そうと解決策を模索している。
米国では反中勢力が中国との貿易制限を主張しているものの、米中間の貿易や投資活動は依然として活発なことが明らかになった。市場調査プラットフォーム「スタティスタ」のデータでは、2020年、中国が米国最大の物品貿易相手国であり、第3位の輸出先となっている。また、米国の対中貿易総額は今年4月から8月にかけて増加を続けている。
一方、米調査会社ロジウム・グループの統計によると中国企業が発行した株式と債券について、米投資家の保有額は2020年末時点で1兆2000億ドル(約136兆円)に達した。米中技術専門家のマット・シーハン氏によると「中国の人材や資本が台頭するのに伴い、米中における技術知識の交換が民間企業や個人の間で行われるようになってきた」という。現在、米中をリードするテック企業は相手国に研究センターを設立しており、2015年から2019年にかけて米中間の技術協力は毎年平均10%以上の伸びを記録している。
減少するどころか成長を続ける近年の米中貿易を踏まえ、中国がもたらす経済利益は替えがきくものではないことを米国企業は十分に理解している。米国議会やバイデン政権の反中感情に米大手企業が反発しているのも、世界第2位の経済大国で行うビジネスにダメージが及ぶような対中貿易への制裁を回避したいからだ。今春以降、米国商工会議所や米中ビジネス評議会、全米小売業協会などのロビー団体が、中国への貿易・金融規制を強めようとする米国議会とホワイトハウスの動きに反対してきた。もし他国企業が米国以外(特に中国)から得た技術を独自に採用できれば、それら企業の売上高は増加し、米国企業の競争力低下を招くことになると業界は懸念している。ロビー団体の働きかけは下院に対して一定の効果を上げており、上院を通過した貿易制限に関する法案は、下院委員会の審議の中で反中的な表現が徐々に弱まり、ビジネス規制の問題も回避された。米商務省が公開した資料によると、2020年11月9日~21年4月20日、同省はファーウェイへの輸出を申請した企業に614億ドル分の許可を出した。具体的な製品名は不明だが、半導体を含むという。米国はファーウェイへの輸出規制を続ける方針だが、中国市場を重視する米産業界からは制裁緩和を求める声が強い。
欧州はどうだろうか。政治的には、米国と同様に中国に対抗する立場を取っているように見える。しかし現実には、中国と欧州の間に実質的な利害の衝突は存在していない。中国税関総署のデータによると、今年1~8月の中国とEUの貿易額は前年同期比32.4%増加しており、1~7月の中国の対EU投資は同86.1%増加、EUの対中国投資は同10.9%増加している。中国商務の王文涛部長は10月19日、在中国欧州連合商工会議所のウッドコック会頭一行と会談した際、中国のEU貿易額が2020年に6495億ドル(約74兆円)に達し、中国はEUのトップ貿易相手国として初めて首位に躍り出たと発表した。
日本と中国の貿易事情はというと、依然として安定を保ちながら成長を続けている。両国はともに「地域的な包括的経済連携協定(RCEP)」に署名し、東アジア地域におけるサプライチェーンの中心としての地位をいっそう固める構えだ。日本経済新聞の報道によると、2020年の日本の輸出額は前年から11.1%減少したが、中国向け輸出は2.7%増加し、輸出額全体に占める割合は22%に上昇した。新型コロナウイルスの感染拡大が続く欧米への輸出が落ち込むなか、中国への輸出が初めて全体の2割を超え、中国が2年ぶりに米国を抜いて日本の最大輸出相手国に返り咲いた。
日本と中国は政府レベルと民間レベルの両面で円滑な交流が続いている。岸田文雄首相は就任直後の10月8日、習近平中国国家主席と電話会談を行い、中国の国慶節に対し祝意を表した。中国外文局と日本言論NPOが共同で主催した「第17回東京-北京フォーラム」の日中共同世論調査によると、日本と中国の関係を「重要」もしくは「比較的重要」と考える人の割合は、中国が70.9%、日本が66.4%だった。
日本企業の多くは自らの選択を実際の行動で示している。「ジェトロ世界貿易投資報告」によると、2020年末時点で、中国に進出している日本企業の4割近くが中国事業をさらに拡大させる意向だという。イノベーション能力において両国は補完関係にあるため、この数年は日本の対中直接投資収益率が最高になっている。相互に補完し合う日中のインダストリアルチェーンは両国企業のコスト削減や急成長を支え、日中の提携にも大きな将来性をもたらしている。中国企業は、技術開発のサイクルが短く市場の変化がめまぐるしい分野でのイノベーションを非常に得意としているほか、労働力市場がオープンで流動性が高いため、新技術をいち早くビジネス化するのに向いている。一方の日本企業は技術サイクルの長い分野で大きな強みを発揮し、自動車や半導体設備、精密機器などサプライチェーンの川上産業を得意としている。
現実的に考えて、日本で経済安保議論が高まることにより、中国に対して強硬姿勢を取ることになると負の影響も避けられない。中国との信頼関係を築き、双方にとって有益な協力関係を構築することを主体的に考え、東アジア全体の産業提携をいっそう強化していくべきではないだろうか。
(36Kr Global Research)
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