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アップルがサプライチェーンの脱中国化を加速させていると海外メディアが報じている。生産委託先フォックスコン(富士康)への依存を減らし、サプライヤー各社に対しても、中国以外のアジア諸国に組み立て業務移転を進めるよう求める考えだからだ。
これはもはや新情報ではない。アップル製品に詳しい著名アナリストのミンチー・クオ氏はすでに22年10月の時点で「アップルは3年以内に中国製製品の販売を米国市場でストップする考えだ。これは全出荷台数の25〜30%に相当する」とツイッターに投稿している。
生産拠点の移転先としてアップルが最も有望視しているのが東南アジアだ。タイはMacBookの主な生産国になり、インドは出荷製品のうち40〜45%ほどを自国以外の海外市場に供給するようになり、ベトナムはサプライチェーン移転先として注目を浴びる可能性がある。
アップルが中国のサプライヤーをすぐに手放すことはないだろうが、サプライヤーにとっては落ち着かない局面が続くだろう。アップルとの提携関係を維持したいならば海外に工場を建設するしかない。最近になってアップルとの結びつきが強まっている「ラックスシェア・プレシジョン・インダストリー(立訊精密工業)」は22年、投資家とのカンファレンスコールで「ある顧客企業が海外(=中国以外の第三国)業務を増やすよう求めている」と明かしている。
アップルのこうした要求はサプライヤーに想定外の負担を課すものだ。とくに中小サプライヤーはサプライチェーンから外される可能性すらある。アップルのサプライチェーンはグローバル化への反動が強まるにつれ、脱中国化が避けられなくなっている。しかしこの「大移動」は5年あるいは10年、20年の長丁場になるだろう。この長期戦と難しい判断の過程で、世界のサプライチェーン構造もまた静かに変わっていく。
フォックスコン騒動で露見した中国依存のリスク
米国では大きな売り上げを見込めるクリスマス商戦を終えたばかりだが、アップルは折り悪く中国の生産委託先で大きな混乱が重なった。iPhoneの多くは中国の河南省鄭州市にあるEMS大手フォックスコンの工場で生産されているが、この鄭州工場ではゼロコロナ政策のあおりを受けておよそ2カ月にわたって生産が滞ったため、22年10~12月期のiPhone出荷台数は1000万台減り、iPhone 14 ProおよびiPhone 14 Pro Maxの出荷が追いつかない事態となった。
この一連の流れでアップルはサプライチェーン移転の決意を固めた。中国のサプライヤーはこれまでもアップルの意向に振り回されてきたが、生産委託先がどこに移ろうともその移転先は中国国内だという状況に変わりはなかった。例えばiPhoneやiPadのカメラユニットを生産してきた「OFILM(欧菲光)」がアップルとの取引を打ち切られても、「聞泰科技(Wingtech Technology )」がOFILMの生産分を引き継ぎ、AirPodsを生産してきた「Goertek(ゴアテック)」がアップルのサプライヤーから外された時も、かわりにラックスシェアが新たな生産委託先になっている。海外メディアの報道によると、アップルがフォックスコンへの発注を減らした場合、これを穴埋めするのはラックスシェアと聞泰科技になるという。
より可能性が高いのは、アップルがフォックスコンへの発注を減らしてラックスシェアなどのサプライヤーに海外工場を建設するよう促すことだ。中国での生産を減らしながらも、ラックスシェアや聞泰科技のようなサプライヤーとの関係は短期的に切るつもりはないのだろう。
ラックスシェアは極力アップルに協力する姿勢をとっている。16年にはベトナム北部に工場を建設し、19年には2億5000万ドル(約335億円)を追加投資した。フォックスコンやGoertek、BYDもベトナムに工場を建設している。
しかし、これらの工場の規模は中国国内の工場とは比べ物にならない。世界最大のiPhone工場であるフォックスコンの鄭州工場は従業員数30万人で、もはやひとつの都市といっていい規模だ。一方、ベトナムでiPhoneやAirPodsを製造する31社のサプライヤーを全部合わせても従業員はやっと16万人だ。
アップルの中国サプライヤーにとってさらに過酷なのは、生産拠点を大がかりに移転させてしまえば、これまで巨額を投じて作り上げた国内の生産ラインや工場団地は廃墟となり、長年かけて育ててきたマネジメント人材も失ってしまうことだ。また、海外事業を成長させるには資金も時間も上乗せして投じなければならない。これらの二重の損失は、仮に新規案件を受注できなかった場合、中小企業には耐えきれないほどのものになる。
ラックスシェアを例にとると、同社のベトナム工場は18年に734万元(約1億4000万円)の損失を出しており、19年に純利益がようやく1億元(約19億2000万円)に届いたところだ。赤字状態には持ちこたえたものの、もしも生産拠点を大々的に中国から移していたとしたら、撤退するにしても大きな痛みが伴うことになるところだった。
それでも脱中国はかなわない
米国トップクラスのテック企業で中国と強い結びつきがあるのはアップルだけだ。十数年にわたり試行錯誤を続けてきた結果、中国のサプライヤーだけがアップルが満足するハイエンド製品を生産できるようになったからだ。
中国サプライヤーの最も優れた点は、アップルと協力してNPI(新製品導入)ができることだ。サプライヤーはアップルの要求どおりに設計図を実際の製品に落とし込まなければならない。そのためには川上から川下までが風通しよく、豊富なサプライチェーンとハイレベルなエンジニアを有していなければならない。アップルが数十年にわたってODM(受託者設計・製造)を利用する中で、これらを揃えられたのは中国だけだった。
米経済誌フォーチュン主催の「2017年フォーチュン・グローバル・フォーラム」でアップルのティム・クックCEOは「中国の製造業は熟練した技能労働者、複雑な機器、コンピューター技術の集合体だ。このような国は世界でも他にほとんど見られない」と述べている。さらに「米国では技能労働者を集めて会議をしても、参加メンバーで一部屋が埋まることはないだろうが、中国ではサッカーフィールド何個分ものメンバーが簡単に集まるだろう」とも述べた。
複雑な構造の製品を大量生産できる中国メーカーのノウハウは他のどこでも代替できない。
ベトナムでは従業員6万人の工場を稼働させてAirPodsやApple Watchを生産することはできるが、従業員30万人のフォックスコンがベトナムに移転してきて、アップルが求めるような品質のiPhone Proを休みなく作り続けられるとは考えられない。
フォックスコンで管理職に就いていたDan Panzica氏がメディアに明かしたところによると、アップルはインドやベトナムではハイエンド機種のスマートフォンは生産していないといい、「中国以外では生産不可能だ」と述べている。
インドは中国と人口はほぼ同じで、なおかつ若年層の割合が多い。しかしビジネス環境としては決して好ましい国ではない。インドで工場を建設するなら審査・認可に長い時間をかける覚悟が必要だ。Panzica氏の言葉を借りれば、インドはいまだ「未開の地(Wild West)」。フォックスコン鄭州工場のような巨大な「アップル・シティ」を順調に運営するのは短期的には無理だろう。
アップルなどの大型グローバル企業は「脱中国」を進めているというより、戦略を「中国+」に転換したと言ったほうが適切かもしれない。中国をメインの生産拠点としながら、第三国で生産を補完するということだ。
加えてアップルは現在、コスト削減の難しい時期にある。痛みを伴うような大きな調整には踏み切らないだろう。同様に、コストパフォーマンスの高いサプライヤーを必要としている欧米企業も軽はずみな行動には出ないだろう。米投資銀行ラザードのアナリストは「徹底的にサプライチェーンを立て直すことについては、多くの企業がまだ興味の段階に留まっている」と総括した。
海外企業がサプライチェーンを移転するには最終的には利益率を考慮する。中国での生産コストや効率が隣国に劣った時、欧米企業は初めて本格的に生産拠点を移転することになるだろう。そのタイミングは中国の高齢化が進み労働力不足が深刻になった時かもしれない。あるいはインドが中国と同程度に成熟して安定した環境を整えた時かもしれない。いずれにしろ、短期的にはこうした状況には至らないと考えられる。アップルは単純に生産拠点をインドやタイなどに分散させたいだけであり、こうした状況は5〜10年は続く可能性がある。
しかし実際に生産ラインが空いてしまったら、中国のメーカーは国内事業を支えてくれる顧客を自国内でなんとかして獲得しなければならない。さもなくば、荒れ果てた工場や生産ラインは耐え難い痛手になる。
(翻訳・山下にか)
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