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中国電気自動車(EV)大手の比亜迪(BYD)はこのほど、自社の高級ブランド「仰望(Yangwang)」向けに、独自開発した水平対向エンジンを搭載すると発表した。
仰望は2023年に誕生した。これまで価格と実用性で勝負していたBYDにとって初のプレミアムブランドとなる。最初に登場したのは、オフロードSUV「U8」とハイパーカー「U9」。特に「U8」は2023年11月に開催されたJAPAN MOBILITY SHOW(東京モーターショー)でも展示され、注目を集めた。プレミアムブランドながら、パワートレインはハイブリッドとBEV(純電動)の両方を揃え、U9はBEV専用車、U8は2.0L直列4気筒ターボエンジンを発電用に搭載した「レンジエクステンダーEV(EREV)」として展開されている。

仰望の3番目モデルは「U7」という大型セダンで、2024年4月の北京モーターショー2024でお披露目された。BYDのフラッグシップセダンの座に君臨するこのモデルはボディも巨大で、全長約5.3メートル、全幅は2メートルという迫力だ。フロントマスクは仰望特有の巨大な「コの字」型ヘッドライトが印象強く、サイドのプレスラインは後ろにかけて上下複雑に入り組んだ形を描く。全体的なシルエットは昨今の流行であるクーペ風スタイリングとなっているが、これでも一応は4ドアセダンとなる。左右を緩やかに繋ぐテールライトがリアの印象を決定づけており、唯一無二の存在感を醸し出している。写真ではわかりにくいだろうが、実物を見ると本当にそのスケール感に圧倒されるほどだ。
当初はPHEVとBEVの両方が用意されるとしか明かされておらず、パワートレインの詳細に関しては伏せられていたが、2025年3月末の正式発売に合わせU7のスペックを公開し、超高級セダンを形作る数々の技術が注目を浴びた。
新情報でもっとも驚かされたのが、水平対向エンジンの採用だ。水平対向エンジンとはピストンを垂直ではなく水平に配置したエンジンのことを指し、ボクサーエンジンとも称される。1897年にカール・ベンツが初めて開発して以降、その約130年弱の歴史の中で価格相応の自動車メーカーが量産車に搭載してきた。その一方で特殊な形状に起因する複雑な周辺の取り回しや幅を多く取る本体設計、熱効率の悪さや整備性といった理由から、2000年代以降も水平対向エンジンを手がけているのは日本のスバル、そしてドイツのポルシェの主に2社のみに限られる。その常識を覆したのが、今回のBYDによる新型2.0ℓ水平対向ターボエンジンの投入発表なのである。
水平対向エンジンのメリットとして最初に上がるのは、ボンネットを低く抑えられるという点だ。BYDは、U7の発表に際して、通常の2.0ℓターボエンジンでは電動ユニットと合わせた全体の高さが954 mmになるのに対し、今回の新型では733 mmまで抑えられると説明。これがフロント部分の薄さに直結し、それがまたCd値(空気抵抗係数)0.195という優秀な空力性能に寄与するわけだ。空気の影響を受けにくいということは少ない電力消費でより長く、より効率的に走れることを意味するので、昨今の中国市場向け車種では皆、このCd値というものを第一にアピールしがちである。
だが、たかが空気抵抗のために膨大なコストをかけて今まで作ったことのないエンジンに挑戦するだろうか。必ずしもYESと言えない理由のひとつが、これを展開するのが「仰望」であるという点だ。
水平対向エンジンといえばポルシェの代名詞であり、また、中国では輸入ブランドとなるスバルが自社の誇りにしている存在でもある。ポルシェやスバルが長年紡いできたヘリテージの印象が強いエンジンは言わば、「なんか他とは違う、特殊でスポーティなエンジン」というイメージを植え付ける。それを「超高級ブランド」の「超高級セダン」に搭載することで、ある種の特別感も演出しているわけだ。さまざまな中国メーカーが高級EVセダンを続々と投入、それにより差別化が求められる時代において水平対向エンジンを搭載することで箔をつけられるなら、新開発のコストも安いとBYDが判断したのだろう。
水平対向エンジンを搭載するU7は、モーターとエンジンの両方で駆動する「プラグインハイブリッド」だが、実際にはエンジンは発電を主目的にしていると考えられる。U7の駆動用モーターは四輪それぞれを独立して駆動する4モーター構成で、BEVモデルでもPHEVモデルでも最高出力1287 hp・最大トルク1680 Nmを誇る仕様だ。ちなみに搭載バッテリーは前者で容量135.5 kWh、後者で52.4 kWhという違いがある。
仰望の全モデルに搭載されるこの4モーターシステムは「易四方(e4、eの4乗)」と呼ばれており、急なパンク時にも30 kmほど走行を継続したり、車体をその場で回転させる「超信地旋回」や狭いスペースでのスムーズな縦列駐車も実現したりと、その機能は盛りだくさんだ。これに加え、BYD最高峰のサスペンション技術「DiSus-Z」を搭載。簡単に言えば、電磁式可変ダンパーを採用するエアサスペンションなのだが、車体に搭載されたLiDARやカメラなどのハードウェアで路面状況を瞬時に判断し、それに合わせた最適な車高や減衰力を瞬時に調整するというシステムだ。
U7はBEVモデルが5265 x 1998 x 1517 mm(全高・全幅・全長)、PHEVモデルが5360 x 2000 x 1515 mmとボディサイズが細かく異なるだけでなく、ホイールベースが前者では3160 mm、後者では3200 mmと作り分けているのも何気に驚きだ。メーカー希望小売価格はパワートレインに関係なく、5人乗り仕様が62万8000元(約1223万円)、4人乗り仕様が70万8000元(約1400万円)となっている。
(中国車研究家 加藤ヒロト)
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