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中国で、デジタル技術を活用して疾病・疾患の治療を支援する「デジタルセラピューテクス」(Digital Therapeutics、DTx)分野への関心が高まっている。これまでにベンチャーキャピタル(VC)など延べ数百社が、出資に向けてDTx企業に接触していることが分かった。今後高い成長を見込めるとの判断が背景にある。同分野は「デジタル治療」とも呼ばれる。
「毎週のように誰かが訪ねてくる」。複数のデジタル医療企業の創業者はこのほど、36Krの取材に口をそろえた。また一様にVCや企業投資部門など数十社と既に面会したことを明らかにした。いずれも最近、資金調達活動で出資者を募っており、投資家らの訪問を受け入れているのだという。挙げられた社名は、トップクラスのVCや著名な戦略的投資家ばかりだ。
具体的には、米VCセコイア・キャピタル中国法人のセコイア・キャピタル・チャイナ、中国VCの経緯中国(マトリックス・パートナーズ・チャイナ)、IDGキャピタル、高瓴資本(ヒルハウスキャピタル)、中国投資銀行の華興資本(チャイナ・ルネサンス)、ネット検索大手の百度(バイドゥ)、IT大手の北京字節跳動科技(バイトダンス)、ネット大手の騰訊控股(テンセント)、ネット通販大手の京東集団(JDドットコム)やアリババ集団の戦略投資部門――などとなっている。
熱心なアプローチには理由がある。海外では既に、疾患の治療用スマートフォンアプリを開発する米アキリ・インタラクティブ・ラブズ(Akili Interactive Labs)や米ペア・セラピューティクス(Pear Therapeutics)などがユニコーン企業に成長。将来性を期待する声は多く、日本勢では、DG ダイワベンチャーズがアキリに、ソフトバンクグループ傘下のビジョン・ファンドがペアにそれぞれ出資している。
ペアが最初に手掛けたデジタル治療薬「reSET(リセット)」は、認知行動療法(CBT)理論に基づき、臨床医による処方の一つとして利用されている。一方、アキリのデジタル治療薬「Endeavor(エンデバー)RX」は、8〜12歳の注意欠陥多動性障害(ADHD)患者を対象に電子ゲームを使って最適な治療を施している。同社は日本の塩野義製薬と戦略提携も結んでいる。
革新的治療法、課題と期待
DTxとは一般に、ソフトウエアを活用した証拠に基づく医療(EMB)による介入プログラムで、疾患の治療や管理、予防に直接的かつ継続的に当たることを指す。薬物や医療機器、他の治療法と組み合わせることもあり、情報(アプリ上のテキストや画像、動画など)、物理的要因(音、光、電流、磁場およびこれらとの併用)を通じて、患者のケアや健康状態の最適化を図る。
DTxは従来型の治療の限界を受けて生まれ、発展した。人工知能(AI)やVR(仮想現実)、クラウドコンピューティング、ビッグデータなどデジタル技術の高度化によってもたらされた革新的な介入方法という位置付けだ。既存の医学原理や医療ガイドライン、標準治療計画をアプリ活用による介入に切り替えたことで、患者の慢性疾患管理でのコンプライアンスやアクセス可能性が効果的に上がった。
がん治療を例に挙げると、リハビリテーションによる介入は治療中のさまざまな副作用がもたらす悪影響を減らし、生存の質を顕著に改善してくれる一方、術後の回復や合併症の予防の面で薬理学的な介入による解決が難しい。現状では食事や運動、心理面など患者の自己管理が最善の予防・治療策となるが、患者自身の医学知識やコンプライアンスの有無などに左右される。これらを補完、サポートしてくれるのがDTxだ。
中国・復旦大学付属華山病院の賈傑医師は医学雑誌「中国医刊」に寄稿し、がん患者にDTxを利用した場合の影響について「自己管理時のコンプライアンスとアクセス可能性の向上に効果的」と指摘。患者への精神面の支援でも有効との見方を示し、お墨付きを与えた。患者が精神的な問題を抱え込んだり、専門家に支援を求めづらかったりする現状の課題解消につながるとみている。
DTxは従来の薬物中心の治療法と比べ、再現性があり、データの累積が可能なこと、より低コストで扱いやすいというメリットがある。半面、手術療法のような高度な治療は提供できず、手動の一部しか代替できないのがデメリットだ。
世界保健機関(WHO)が2018年に発表したリポート「国際疾病分類第11版改訂版」(ICD-11)によると、人類が抱える疾病は計2万7500種類もあり、内分泌、栄養または代謝疾患、精神、行動または神経発達の障害、睡眠・覚醒障害、神経系の疾患、視覚系の疾患、循環器系の疾患といった大分類に分けられる。実現可能性予測によれば、疾病の大分類の多く、つまり数千種類もの疾病にDTx活用による治療効果が期待できるという。
中国国内と海外で既に承認されているDTx製品を見ると、程度の重い1級症状で広く流通しているのは主に精神、行動または神経発達の障害、内分泌、栄養または代謝疾患、神経系の疾患向けだ。2級症状では、糖尿病、睡眠障害、精神障害、アルツハイマー病、自閉スペクトラム症向けが多い。
ニッチ分野に突如注目、日本企業も参入
これまでDTx分野といえば、一部のアプリの臨床実験(治験)の有効性を検証した論文の研究と、少数の利用者による初期的な段階での模索に過ぎなかった。20年以降、DTx製品の利用が相次いで承認される中で、商用化の検証が進み、業界への巨額出資も現れだした。こうして、多年にわたり発展を遂げてきたDTxは突如、中国で「突破口」を開き、極めて高い注目を集めるようになった。
こうした流れを背景に、国内の多くの医師やエンジニア、投資家らが本業を離れ、DTx分野の創業者となった。例えば、メンタルヘルスサービスを手掛ける正岸健康(Zhengan)の創業者、劉暁剛氏は元々、ヘルステック大手、華米科技(Zepp Health)のエンジニアだった。同社は不眠解消に向けたDTxに注力している。脳神経疾患のデジタル治療に特化したIBT無疆科技(Infinite Brain Technologies)創業者の孫巍氏は、中国の投資会社である数智匠人VC部門と北京厚新投資管理のパートナーだった。IBTは中枢神経疾患向けDTx製品を中核に据える。
医師も本格参入している。睡眠医療サービスの慕眠(Moresleep)の創業者、孔祥氏は中国医学科学院阜外医院重症医学科や中国人民解放軍空軍総医院睡眠中心に勤めた経歴を持つ睡眠医療の専門家だ。孔氏の医師としての知見と経験を生かし、同社では睡眠や精神的ストレス、脳の健康状態に照準を合わせている。
一方、DTx専業の企業を除くと、医療・ヘルスケア業界でもデジタル治療がある種の「流行」となっている。妙健康(Miao Health)、微脉科技(Weimai Technology)、医聯(Medlinker)、零氪科技(LinkDoc)などのネット医療事業会社に加え、日本の武田薬品工業や英国のアストラゼネカといった海外の製薬大手も、DTx製品の生産ラインを設け始めている。
新型コロナウイルス流行下での医療・ヘルスケア分野の拡大機運が追い風となった。国内外でDTx製品の利用承認が相次ぎ、起業家も続々と誕生すると、業界の前向きな発信も投資機関側に伝わり始めた。これにより、多くの投資機関がDTxプロジェクトの見極めに慌てて動くなど、重い腰を上げるに至った。
啓明創投(チンミン・ベンチャー・パートナーズ)、北極光創投(ノーザン・ライト・ベンチャー)、康橋資本(CBCグループ)、長嶺資本(ロングヒル・キャピタル)などの担当者はこれまでに、DTx分野で少なくとも数十社のプロジェクトを見たという。
36Krの調べによると、20年以降にDTx分野で資金調達に成功した中国企業は20社超で、過去1年余りでは資金調達案件は公表ベースで少なくとも10件あった。
様子見姿勢、依然として主流
もっとも、DTx業界の投資ラウンドと金額は依然として初期段階にあり、大半の資金調達額は数千万元(数億円~十数億円)レベルにとどまる。1回の投資ラウンドで数億元(数十億~百十数億円)レベルに達したのは術康と博斯騰科技(BestCovered)だけだ。術康はアプリを通じた運動・栄養療法に、博斯騰はアルツハイマー病のデジタルスクリーニングと介入に注力している。
現在資金調達活動を行っている企業の評価額はおおむね1億~5億元(約19億1000万~95億7000万円)で、5億~10億元(約95億7000万~191億円)はわずかだ。10億元(約191億円)を超える企業は今のところまだない。IBTや博斯騰、術康、子どもの自閉スペクトル症向けデジタル治療を手掛ける恩啓(ING CARE)の担当者らは36Krの取材に対し、現在、新たな資金調達に向けて出資の受け入れを進めていることを認めた。
中国投資銀行大手、漢能投資集団(ヒナグループ)は最近、DTx分野の成長性への精査を終えた。同社の劉鵬成パートナーはVCがDTx関連企業への接触を活発化させている現状について、「ほとんどが様子見だ」と述べた。
劉氏によると、同分野の一連の投資ラウンドで、出資額が最大の企業でもなお1億元(約19億円)に満たないことがその証左だという。たとえ数社でラウンドに参加したとしても1社当たりの出資額は2000万~3000万元(約3億8000万~5億7000万円)程度でしかないと話す。
今後については「(少なくともDTx関連企業の)1、2社が横並び状態から脱する必要がある」と指摘。「同時に継続的に出資する大手機関投資家が1、2社あれば、市場の『風見鶏』が正確な風向きを示すようになるはずだ」との見方を示した。
(36Kr Japan編集部)
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