海外累計585万台——軽EVで日本に挑む、中国の「輸出王」奇瑞汽車とは何者か
2026年5月27日、カー用品販売大手「オートバックスセブン」や中国の国営自動車メーカー「奇瑞汽車(Chery)」などから出資を受ける「EMT」が、日本向けの新たな自動車ブランド「EMTA」を始動させた。
かねてから奇瑞汽車は日本の自動車市場へ参入すると噂されていたが、意外な形で日本市場と関わることとなった。そんな奇瑞汽車は中国では大手の自動車メーカーであるものの、日本でその名前を知る人はまだ少ない。今回は同社の歴史と立ち位置をおさらいするとともに、奇瑞汽車が出資を行なうEMTAの車種に関する考察をしていく。
第1弾の軽EVは完全新規設計か
EMTが展開する「EMTA」ブランドは奇瑞汽車の出資を受けているものの、あくまで「日本企業の日本ブランド」であると強調している。製造は中国生産を予定すると発表しており、奇瑞汽車の技術や設計のリソースを活用する可能性は大きいが、関与の度合いは車種によって異なるだろう。ただ、第一弾モデルとして予告されているのは日本独自の軽自動車規格に合わせたBEVで、これに近い奇瑞汽車車種は中国に存在しない。BYDが2026年夏に発売を予定する軽BEV「ラッコ」も既存車種からの流用ではなく、完全新規でシャシーを設計しており、EMTAもそれにならうことだろう。
EMTAは2029年までに合計4モデルを発売するとしており、ティーザー画像からはコンパクトカーや小型SUV、ミニバンといったボディタイプも確認できる。これらのボディタイプであれば奇瑞汽車が中国で販売する車種も存在し、完全独自設計ではなく、一部設計の共通化も可能と推測する。一方で日本の道路事情や保安基準への適合は不可欠なため、ベースは共通していても、上に被さるボディなどの外側の部分はEMTA独自になると期待したい。
奇瑞汽車25年の歩み
そんなEMTAに出資する奇瑞汽車は、1997年に安徽省蕪湖市政府が主導して設立された。1999年に誕生した最初のモデル「風雲(フルウィン)」はスペイン「セアト」のセダン「トレド」がベースだが、セアトの親会社のフォルクスワーゲンに内緒で設計図を入手したとも言われており、正規のライセンス生産とは言い難い。当時は一部の大規模な国営自動車メーカーのみが正式な自動車生産を認可され、またそのほとんどが外資系メーカーとの合弁を通して生産されたものだった。そんな中、小規模な会社である奇瑞汽車は自動車メーカーとして当初未認可だったものの、中国企業単体での自動車生産に近づいた象徴的な例として認識されている。

最初のモデル「風雲」
奇瑞汽車が一躍有名となったのは、2003年にコンパクトカー「QQ」を発売した時だ。4.98万元(当時のレートで約70万円)という破格の値段設定で登場。「若者の1台目のクルマ」として瞬く間に人気に火がつき、日系・韓国系・米系・独系のセダン車種が主流だった中国の乗用車市場を一変させた。登場から2年後の2004年には約11万5000台を売り上げたが、これは同じく当時、中国で大人気(販売ランキングトップ5~6位)だったホンダの「アコード」と肩を並べるほどの台数だった。
同時期には海外市場にも着目し、2001年には他の中国勢に先駆けて輸出を開始した。今でこそBYDや吉利汽車などがじわじわと海外市場を席巻しているが、奇瑞汽車はそのはるか前から中東や南米、ロシアといった新興国市場を地道に開拓し続けていた。
海外585万台、20年以上の「輸出王」
現在、奇瑞汽車は100以上の国・地域にて事業を展開、海外累計販売台数は2025年末時点で585万台を記録し、約20年以上で最も海外輸出の多い中国メーカーの座に輝いている(2022年は上海汽車がわずかに上回った)。2025年はグループ全体で280万6000台を販売したが、そのうち約47.8%の134万4000台は中国国外での販売だった。
奇瑞汽車は普及価格帯で勝負するメインブランド以外に、プレミアム電動ブランド「星途(エクシード)」や、若年層向け電動ブランド「iCAR」、SUVブランド「捷途(ジェトゥア)」、ファーウェイとの共同ブランド「智界(ラクシード)」など多くのブランドを展開する。2023年には奇瑞汽車最初のモデル「風雲」を新たな電動サブブランドとして始動、メインの商品群で展開する車種のBEV(電気自動車)やPHEV(プラグインハイブリッド車)、EREV(レンジエクステンダー付きEV)モデルを取り揃えている。多ブランド戦略は海外市場でも同様で、ここ2〜3年の間に「オモダ」や「ジェクー」、「レパス」といった海外専売ブランドを次々とローンチした。これら車種は中国でなかなかお目にかかれないが、上海や北京、広州などの国際モーターショーでは中国向け車種と一緒に展示されることが多く、国外に向けたアピールも欠かさない数少ない中国メーカーという印象が強い。
試乗で見えた品質の「ばらつき」と、iCARの伸びしろ

iCAR V27の内装は上質な仕上がりを見せる
では、奇瑞汽車の作るクルマの乗り味や品質はどうなのだろうか。筆者はこれまで同社が展開する複数のブランドの車種に試乗したことがあるが、品質はブランドの立ち位置によって左右される印象だ。
例えば、メインブランドで販売しているセダン「アリゾ5」は約120万円という価格設定で展開されており、内装の品質は価格相応で、乗り心地に関しては路面からの突き上げがかなり感じられた。試乗車だったからかもしれないが、ステアリングのセンターもズレており、まっすぐ走るためにステアリングを少し傾ける必要があったのには驚かされた。単刀直入に言うと、奇瑞汽車の製造品質は同規模の他メーカーと比較してそこまで良い方ではなく、NVH(騒音・振動・ハーシュネス)面や、日常的に触れる内装部分の質感など、どれをとっても足りていないと感じることが多い。
一方、2023年に始動した新進気鋭のブランド「iCAR」では、従来の奇瑞汽車車種よりも幾分か品質が向上していると感じた。最新モデル「V27」の乗り心地はまだ改善の余地があるものの、インテリアの設計は適度に「オフロード」と「高級感」を組み合わせたパッケージで、素材の使い方も約400万円クラスにしては悪くない。本格的なオフロードSUVとまでは言えないものの、ちょっとした遠出を楽しむぐらいならちょうど良いだろう。余談だが、現時点で姿が公開されているEMTA第1弾モデルの軽BEVは、サイドデカールのフォントやシンプルかつ未来的なデザインから、iCAR的な雰囲気を感じさせる。単なる憶測に過ぎないものの、iCAR部門が少しでも携わっているのであれば、内外装のデザインや品質に関してはそこまで心配しなくても良さそうだ。

iCAR V27
日本の「厳しい目」は、中国の巨頭を鍛え直すか
奇瑞汽車は輸出実績は他と比べて十分にあるものの、消費者がクルマに対して多くを求めない市場ばかりで展開していたためか、客の声に揉まれて成長することを経験していないのかと個人的には分析する。一方、日本市場の消費者が要求するレベルはかなり高いことは奇瑞汽車も認識していることだろうし、これまでの中国や海外向けモデルよりも高い基準の品質を見せてくることに期待したい。これは日本のカスタマーにとって良いだけでなく、厳しく評価されることで全体の品質向上にもつながることだろう。
EMTA第1弾の軽BEVは2027年に発売予定とのことで、日産サクラや三菱eKクロスEV、ホンダN-ONE e:、スズキVision e-Skyの量産モデルといった国産勢、そしてEMTAと同じく新たに日本市場へ挑戦するBYDラッコとともに、日本独自の軽乗用BEV市場が盛り上がっていくことに期待したい。
(文:中国車研究家 加藤ヒロト)