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前編「そりゃ私の仕事もなくなるわ ― 元新聞記者のライターが戦力外通告を受けたAI時代の編集現場 」から続く
私が新興ウェブメディアで「タイトル職人」として価値を発揮できていたのは、タイトルとサムネイルで関心を引けなければクリックすらされないという現実があるからだ。
記事が読まれるかどうかは、実はプラットフォームのアルゴリズムに大きく左右されている。多くの人は開いたプラットフォームに表示されているコンテンツから、目に留まったものを拾って読んでいる。これだけ多くのコンテンツが生み出されているにもかかわらず、表示されないものは存在しないのと同じであり、発信者側は人間に存在を気づいてもらうために、まずアルゴリズムのご機嫌を取らなければならない。
プラットフォームにとっても集めた記事の量は人力で整理できる範囲をとうに超えており、「価値あるコンテンツ」かどうかの判断をAIに委ねざるを得ない。
アルゴリズムのご機嫌を取る仕事
だからウェブメディアの編集者は、スマートニュース、グーグルのディスカバー(Google Discover)などプラットフォームの目立つ位置に記事を表示してもらうために、タイトルやキーワード、タグをアルゴリズムに最適化させようと努める。メディアの最重要KPIがPVであるなら、編集作業が向き合うのはAIになりがちだ。
私自身、編集者に「書いてもらった記事が読まれました」と言われると「ディスカバーに載ったのかな」「スマニューに拾われたかな」などと思ってしまう。
ウェブメディア関係者の間では「PVが落ちたけど、アルゴリズムが変わったのかな」という会話が当たり前になった。「読まれなくなった理由」を記事内容よりもアルゴリズムに求めるのが、今の編集現場のリアルだ。
最近ではニュースプラットフォームがAIによる要約を自動で表示するようにもなった。コンテンツ過剰社会における運営側の親切なのだろうが、ウェブメディアの視点では、AIに制空権を徐々に握られていることにほかならない。
ウェブメディアの“内巻”

では、メディアに関わる人間はAIとどう向き合うべきなのか。
1990年代後半に新聞社に入りその後の衰退を目の当たりにした私は、運よくウェブメディアの立ち上げラッシュと成長期を経験することができたが、ここ数年は参入障壁の低さゆえの飽和と停滞をひしひしと感じている。PVを確保するためにより多くの原稿を必要とし、プラットフォーム依存が強まり、AIに首の根っこをつかまれている。
中国では過当競争の結果、同じ努力をしても成果が薄まってしまい、誰もが得をしないことを指す「内巻」が社会問題化しているが、日本のウェブメディアも「内巻」そのものだ。
私は原稿を執筆しつつ、AIを教育する仕事もしている。守秘義務があるので内容は詳述できないが、生成AIを開発するメガテックの現在のターゲットは、専門家が持つコンテンツを記事やパワーポイントなどさまざまなフォーマットでアウトプットすることだと理解している。
ライターの多くはAIを使って原稿作成を効率化しようとしているが、「テープ起こし」の仕事を奪ったAIは、プレスリリースを自動で原稿化できるようにもなった。そのうち音源を渡せば勝手にインタビュー記事を作ってくれるようになるだろう。
コンテンツを生み出すハードルが下がれば、供給が爆発的に増えて一つ一つの価値が薄まるのは必至だし、原稿料のある程度の部分が「手間」に支払われていることを思えば、長期的には大部分の原稿料は下がっていくことも容易に想像できる。
メディアの運営に不可欠だが危うい健全性
冒頭で触れたように、私は36Kr Japanでタイトルをつける仕事を失った。深く考えさせられる出来事だったが、危機感はそこまでない。
36Kr Japanは2018年の創刊時、「初年度に月間500万PV」という目標を公表した。媒体の認知や影響力広げるために一定のPVを求めるのは自然であり、当時、ニッチな領域のウェブメディアは「月間500万PV」を掲げることが多かった。
創刊から1年後、36Kr Japanの運営を引き継いだWさんは、当初の目標を意識しつつメディアの価値を考えに考え、2022年だったか、PVを追わないと私に告げた。コロナ禍で雑誌の売り上げが致命的な打撃を受けた一方、ステイホームによってウェブメディアのPVが膨らみ、メディア業界がウェブメディアの強化に舵を切った時期のWさんの判断に、私は賛成も反対もしなかった。というよりできなかった。
今思えば、Wさんの判断は私にとってありがたいものだった。PVもたらす広告収入に依存しすぎずに、かつ持続可能な運営をする。どのメディアにとっても理想であり課題であるが、違う業界、そして違う国から日本のウェブメディア運営に入ってきたWさんは、日本の「正解」「成功」とされる手法とは距離を置き、独自のやり方で運営しているので「内巻」に巻き込まれず済んでいるように見える。その結果、読まれる、読まれないに振り回されることなく、中長期的な視点でテクノロジーや社会のトピックを追う体制が残されている。
過当競争の中で削られがちだが、持続可能な運営のベースであるメディアの存在価値、健全性が、36Kr Japanでは何とか守られている。
文字通りの「書く人」は淘汰されていく

私の書き手としての特性が、自らの問題意識や捨て置けない社会課題を起点に、素材を自分で探し、かみ砕いてアウトプットする——つまり誰かがまだ言語化していない違和感を拾い、社会の流れを整理して提示する「探索型」であることも、今後のキャリアにそれほど危機感を感じていない理由の一つだ。
執筆を依頼される原稿のほとんどが、私は何年も前から追いかけているが、最近バズったものの解説原稿だ。今でいうと、POPMARTのIP「ラブブ(LABUBU)」だろうか。
需要の芯は分析や背景解説なので、「書く」だけでなく「話す」アウトプットで仕事をいただくこともよくある。
AIは既存の情報を整理し、助言することはできても、海のモノとも山のモノとも分からない現場を訪ね、発掘されていない原石を探したり磨き上げることは今のところできない。だから私は自身を、10年安泰とまでは言えなくても、向こう3年は書き手として価値提供できると考えている。
いずれにせよ、「ライター」という職業の定義が「テキストコンテンツを生み出すこと」ならば、AIが代替できる部分は大きい。クリエイターやジャーナリストといった専門性や独自の視点、ネットワークを持ちあわせていない書き手は遅かれ早かれ淘汰されていくだろう。
ウェブメディア全盛期以前、何かを書きたくても掲載してもらう機会が少なすぎて、限られた人しか食べていけなかった時代に戻っていくのかもしれない。
この文章は、タイトル付けの仕事でWさんから戦力外通告を受けた私が、同じ日に「メディアとAIで何か書いてほしい」と言われ、数カ月時間をもらって執筆した。構想や執筆に何カ月もかかったわけではなく、大きすぎるテーマをどう切り取るべきか、ゆっくり考えていた。
余談だが、生成AIのおかげでWさんは納得できるタイトルをつけられるようになったが、「試行錯誤に時間を取られるようになり、生産性が上がったかどうかは微妙」と話していた。
AIは人の課題を解決しつつ、新たな課題を運んでくる。
文:浦上早苗
経済ジャーナリスト、法政大学IM研究科兼任教員。福岡市出身、早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社を経て、中国・大連に国費博士留学および少数民族向けの大学で教員。現在は経済分野を中心に執筆編集、海外企業の日本進出における情報発信の助言を手掛ける。近著に『崖っぷち母子 仕事と子育てに詰んで中国へ飛ぶ』(大和書房)『新型コロナVS中国14億人』(小学館新書)。X: sanadi37
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