「自由度は1つで十分」 清華大発Acorn Robot、“本能”で動くロボットAIに挑む

テーブルに平らに置かれた1枚のキャッシュカードをロボットアームで拾い上げるには、どれほどの自由度が必要なのか。

たいていの人は「多ければ多いほどよい」と思うだろう。さらに視覚や触覚、力覚制御に加え、大量の学習データも欠かせないと考えるかもしれない。

しかし、2024年に設立された清華大学発のロボットスタートアップ「橡木果機器人(Acorn Robot)」は、常識を覆す答えを提示する。必要な自由度は「1つ」で十分だという。

デモ動画に登場したロボットアームは、産業用グリッパーのようなシンプルな形状で、外付けカメラも、クラウド上のAIモデルも使用していない。装置に搭載されたAIが触覚センサーの情報をもとに自律的に判断する。動きはややぎこちないものの、試行錯誤を繰り返しながら最適な力のかけ方を探り、ついにはテーブルに密着したカードの片側を浮かせて拾い上げることに成功した。

橡木果機器人の創業者の姜嶢氏は、これを「本能に基づく行動創発」と呼ぶ。その中核を担うのが、独自開発したエッジ型の自律意思決定モデル「Natus」だ。

この考え方は、現在のロボット業界で主流となっているアプローチとは一線を画す。ここ数年、VLA(Vision-Language-Action)モデルや世界モデル、シミュレーション学習などが脚光を浴びてきた。いずれも大量の動画や動作、デモデータを学習させることで、ロボットに作業を習得させるという手法だ。

しかし姜氏は、こうした方法では実際に物体に触れて操作する場面でうまく機能しないことが多いと指摘する。

というのも、操作するうえで重要なのは「見ること」ではなく「触れること」だからだ。摩擦や滑り具合、力の伝わり方といった細かな要素は、視覚モデルだけで正確に予測するのは難しい。同じ型式のグリッパーであっても、可動部のわずかな個体差によって、動作結果は大きく変わることがある。

そこで橡木果機器人は、ロボットを動かす仕組みそのものを見直すことにした。

姜氏は清華大学で機械工学の博士号を取得し、インピーダンス制御や力学モデリングの研究に長年携わってきた。その後、ハーバード大学で神経科学の博士研究員として、人間の脳の運動制御を研究した。そのなかで姜氏は、「物をつかむ」という人の基本的な能力は、大量の視覚情報を学習した結果ではなく、触覚と力学に基づく本能的な仕組みによるものだと考えるようになった。

同社は、この「本能」をロボットに持たせようと試みている。

それを実現するため、まずロボットの操作を「どう動くか(定向本能)」「どのように触れるか(探索本能)」「どうすれば安定してつかめるか(実行・相互作用本能)」という3つの基本機能に分解した。

なかでも最も重要なのが、安定把持のための滑り検知だ。同社は7年以上を費やして10回以上の試作を重ね、マイクロメートルレベルの滑りを安定して検知できる技術を開発した。これにより、ロボットは事前学習データがなくても動作を開始できるようになったという。

自社の意思決定モデルNatusは、ロボット本体に搭載され、クラウドを介さずにリアルタイムで動作を制御する。応答周波数は最大200Hzで、遅延はミリ秒レベルに抑えられている。

目指すのは、ロボットに最初から全てのスキルを持たせることではなく、生産ラインに投入した初日から動き、現場で試行錯誤を重ねながら適応できる状態をつくることだ。

Natusを土台として、第2層のAIモデル「Magis」も構築した。Natusが実際の作業で得たデータには、触覚情報も含まれる。例えば、視覚情報から対象物をバナナと認識することに加え、重さや重心、表面の摩擦といった触覚情報も記録する。これらのデータをMagisの学習に活用することで、ロボットは徐々に作業スキルを習得していく。既知の作業には学習済みのスキルを利用し、未知の作業ではNatusに戻って試行錯誤しながら対応する仕組みだ。

姜氏は自社のAIモデルについて、「学習やアノテーション、ファインチューニングは不要で、導入後すぐに運用できるのが強みだ。2本指、3本指、5本指のいずれにも対応し、モーターの仕様が異なっていても自動で適応できる」と説明する。

主な導入先として想定しているのは、多品種・少量生産に対応するフレキシブル製造の現場だ。

例えば、化粧品のODM(受託設計・製造)の生産ラインでは、SKUが多く、生産品目の切り替えも頻繁に発生する。ファンデーションやキャンドル芯などは壊れやすく、形状も一定ではないため、従来の自動化設備では対応に限界があった。

Natusなら、新たな部材を扱う場合でも、ロボットが現場で自律的に試行錯誤しながら動作を習得できるため、大量の遠隔操作データを用意したり、エンジニアが何度もパラメーターを調整したりする手間を減らせるという。
現在、フレキシブル製造向けソリューションは、すでに中国の大手化粧品メーカーでPoC(概念実証)を終えて、大規模導入の段階に入っており、受注額は2000万元(約4億8000万円)を超えている。

2026年3月には、初めての資金調達も実施、普華資本(Puhua Capital)や銭唐材料実験室などから1億元(約24億円)近くを調達した。資金は主に、コア技術の改良、サービスの商用化、チーム拡充に用いるという。

Natusは従来のアプローチに代わるものではなく、それぞれに役割があると、姜氏は考えている。従来方式のAIモデルがタスクを理解して行動計画を立て、NatusとMagisがミリ秒単位で物理的な動作を実行するという具合に、一方が「考える」役割を、もう一方が「実行する」役割を担う。この役割分担こそが、ロボットの実用化を加速させる鍵になるという。

*1元=約24円で計算しています。

文:AI前线(WeChat公式アカウント:ai-front)/編集・翻訳:畠中裕子

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