映画をつくるのは誰か?AI時代の「作者性」、TapNowがベネチア国際映画祭で問う

生成AIの進化によって、映画制作の常識が変わろうとしている。

脚本を書き、絵コンテをつくり、撮影し、編集する。多くの専門スタッフと時間、資金を必要としてきた制作工程にAIが入り込み、個人や小規模なチームでも高度な映像表現に挑める環境が整い始めた。

AIが単なる支援ツールの役割を超え、一連の制作工程に深く関わるようになったとき、「映画の作者」とは誰を指すことになるのか。

この問いを掲げたパネルディスカッション「AI × Cinema:10,000 Parallel Universes Initiative(1万個の平行宇宙)」が9月4日、第83回ベネチア国際映画祭のベネチア・プロダクション・ブリッジで開かれた。AI動画生成プラットフォームの「TapNow」と「HappyHorse」が共催し、映画教育、アニメーション、AI映像、インディペンデント映画の各領域からゲストが参加し議論を交わした。また、AIを活用した新たな映像作品配信プラットフォーム「Glanze」も発表された。

会場では、世界中で新しいコンテンツや作品を生み出していくプロジェクト「10,000 Parallel Universes Initiative」のオリジナルIPシリーズ「PRIMORDIA(原基)」がプレミア公開されたほか、その制作プロセスとAI技術の解説が行われた。あわせて、中国、欧州、日本、韓国など世界各地のAIクリエーターによる作品も紹介された。

AI × Cinema:10,000 Parallel Universes Initiative

TapNowとは

TapNowは、米カリフォルニア州パロアルトに本社を置くTamar AIが開発するクリエーティブプラットフォームで、現在150以上の国・地域のクリエーターに利用されている。

最大の特長は、VeoやKling、Seedance、Midjourneyなど35以上の動画生成AIを1つのキャンバス上に統合している点にある。中核となる「Tapflow Canvas」は、テキスト、画像、音声、動画などの生成工程をノード形式でつなぐ。複数の生成AIを行き来しながら素材をダウンロードし、別のツールに読み込むといった作業を減らし、企画から絵コンテ制作、映像生成、編集までを1つのワークスペースで進められるようにする。

Tamar AIによると、用途はEコマース広告から短編映画、実験的アート作品まで幅広く、導入企業は10万社を超え、利用しているクリエーターも十数万人に上るという。また、同社が展開するクリエーターコミュニティー「TapTV」では、他のクリエーターの作品の制作プロセス(レシピやレイヤー構造)をそのまま閲覧・共有・リミックス(再利用)できる。

今年3月には、米国で開かれた大型テクノロジー・カルチャーイベント「SXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)」で最新版「TapNow 2.0」を発表し、AI映画イベント「Soulscape」を共催した。

今回のベネチア国際映画祭で発表したAI映像作品の配信プラットフォーム「Glanze」では、サービス開始時に40作品を公開する予定。TapNowでの制作から作品の配信までを1つのエコシステムにつなげる計画だ。

専門領域の境界が薄くなる

TapNowが現在掲げる構想が「Creative OS」だ。単に画像や動画を生成するツールではなく、アイデア出しからストーリー構成、キャラクターや背景の設定、絵コンテ、画像・動画生成まで、一連の制作工程をAIエージェントが横断的に支援する統合制作環境を目指す。

ユーザーがテキストや音声で指示すると、AIがキャンバス上で素材の生成や整理、参照画像の設定、レイアウトなどを進める。NotionやSlackなどの外部ツールとも連携し、企画段階のメモや資料をそのまま制作工程につなげることもできる。

従来は複数の専門ツールや人の手を経ていた制作工程を、AIエージェントを軸に1つのワークスペースへ統合する。こうした環境が広がれば、監督、脚本、撮影、美術、編集、VFXなどに分かれていた専門領域の境界も薄れていく。これは専門性そのものが失われるという意味ではない。1人ひとりのクリエーターが担える範囲が拡大していくという考え方だ。

ベネチア国際映画祭で初公開したオリジナルIPシリーズ「PRIMORDIA」では、こうした発想を実際の映像制作に取り入れた。本作は2人のチームで制作された。ビジュアル・オーディオディレクターのOrin Jo L氏が作品全体の映像・音響表現を担当し、ストーリーディレクターのJohann Q氏が脚本、世界観の構築および一部のAI制作を担当した。

AIネイティブSF映像作品「PRIMORDIA」

TapNowが展開するプロジェクト「10,000 Parallel Universes Initiative」も、この発想をさらに広げる試みだ。異なる国や文化的背景を持つクリエーターがAIを表現手段として、それぞれ独自の物語をつくる。目指すのは1つのAIが1万本の作品を自動生成する未来ではない。これまで映像制作に参加する機会が限られていた人も含め、より多くの人が自らの物語を映像にできるようになる未来だ。

日本でも広がるAI映像制作

こうしたAI映像制作の動きは、日本でも広がり始めている。TapNowは今年4月、生成AI専門の映像制作会社スムージースタジオと共同で、全編をAIで生成したショートドラマを制作した。

実際の制作現場では課題も見え始めている。利用したクリエーターからは、複雑な映像を制作する際のクレジット消費の大きさや、複数のシーンにまたがって人物や画面の一貫性を維持する難しさなども指摘されている。

それでも日本での利用は着実に広がっている。TapNowによると、日本のクリエーターや企業ユーザーはすでに50万人規模に達し、国・地域別のアクティブユーザー数でも世界トップクラスに位置しており、日本は同社にとって極めて重要な主力市場の1つになっているという。

漫画やアニメ、ゲーム、キャラクターなど豊富なIPを抱える日本は、AIによる映像制作との親和性が高い。大規模な制作会社だけでなく、漫画家やイラストレーター、映像クリエーターといった個人が、自らの作品やキャラクターを低コストで映像化できるようになれば、より多くの映像作品が生み出される可能性がある。

同社は日本を含むアジアでのクリエーター開拓にも動く。今年10月16〜19日には、日本と韓国のAI映像クリエーターを対象としたハッカソン「Arena Peak Asia」を開催する予定だ。国境を越えてAIを活用したストーリーを生み出すこと」をテーマに据え、日韓のクリエーターによる作品制作を後押しする。

映画をつくるのは誰か

AIが映像制作に深く入り込むにつれ、新たな問いも浮かび上がる。

脚本執筆や絵コンテ制作、映像生成、編集といった工程をAIが担うようになったとき、誰が作品の「つくり手」とされるのか。AIはあくまでツールにとどまるのか、それとも制作プロセスの一部を担う存在とされていくのか。

もちろん、著作権や俳優・クリエーターの権利、AI生成物の独自性など、解決すべき課題は多い。制作のハードルやコストが下がれば、優れた映像作品が生まれるわけでもない。

それでも、映像制作に参加できる人の裾野が広がるのは確かだ。カメラの小型化や編集ソフトの普及、動画配信プラットフォームの登場が映像表現を身近なものにしてきたように、生成AIもまた、映像をつくるために必要な技術や役割のあり方を変えようとしている。

ベネチアで投げかけられた「AI時代に映画をつくるのは誰か」という問い。その答えはまだ出ていない。ただ、AIが制作工程のより深い部分を担い始めたことで、「作者」という言葉が指す範囲そのものが、改めて問われ始めている。

(文・36Kr Japan編集部、校正・田村広子)

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