“人の脳を手本に”ーーファーウェイ出身の脳科学者が挑む「エンボディドAI」、日本市場も視野に

エンボディドAI(身体性を持つ人工知能)の開発競争が激化するなか、脳神経科学を基盤とした独自のアプローチで存在感を示すスタートアップが登場した。

「具脳磐石(EBKernel)」を創業した朱森華氏は、中国通信機器大手ファーウェイのクラウド部門でエンボディドAIモデル「盤古」の開発に携わった研究者だ。2025年10月にファーウェイを退職して起業し、設立からわずか2カ月でシードラウンドの数千万元(数億円)の調達を完了した。楽聚機器人(Leju Robot)、上海道禾長期投資(DHLT Investment)、四川科創投集団、東方精工(Dongfang Precision)などが出資に参加した。

「人の脳こそ最高のエンボディドAI」

現在のエンボディドAI分野で主流のアプローチには、エンドツーエンドや階層型アーキテクチャなどがあるが、いずれも深層学習の延長線上にある。朱朱氏はこれらのアプローチに本質的な限界があると指摘する。データと演算能力への依存度が高く、汎化能力に制約があり、解釈性も低い——というのがその理由だ。

神経科学のポストドクターでもある朱氏が代替として着目したのが、人の脳のメカニズムだ。「人間の脳は現時点で実現されている最も高度なエンボディドAIシステムだ。これを手本にしない理由はない」と語る。この考え方は、チューリング賞を受賞したヤン・ルカン氏の世界モデル構想と非常に近い。いずれも、認知神経科学の「自由エネルギー原理」をベースにしたもので、あらゆるシステムは環境に対する予測誤差を最小にするため、内部モデルを絶えず更新していくという発想だ。

この発想に沿って、具脳磐石はエンボディドAIの中核となる2つの能力に改良を加えている。操作スキルの面では、抽象概念表現モジュールを導入して、従来の「トークンベースの学習(Learn from Tokens)」から「概念ベースの学習(Learn from Concept)」への転換を図り、人のように少量のサンプルでも応用が利くようにした。初期検証では、必要な学習データ量が業界平均と比べて約90%も削減されたという。

自律移動の面では、人の脳にある視覚細胞、格子細胞、場所細胞の協調メカニズムを模倣し、「認識地図(環境を把握するために内部で作り上げる地図)」の仕組みを構築した。これにより、事前に環境地図を用意しなくても、ロボットがオープンな環境下で自律的に探索できるようになり、導入効率は40%向上した。

さらに、視覚的注意のメカニズムについても、全てのピクセルを均一に処理するのではなく、人の脳のように重要な部分にフォーカスする仕組みを取り入れ、演算リソースの消費を大幅に低減している。人の脳がわずか25ワットのエネルギーで860億個ものニューロンを働かせられるのも、こうした仕組みのおかげだ。

ロードマップとしては、まず1〜3年でVLA(視覚・言語・動作)モデルの実装に脳科学的アルゴリズムを体系的に組み込み、3〜5年後には深層学習中心の現在の枠組みからの段階的な移行を目指す。

ソフトウエアとハードウエアの一体化が業界のトレンドとなるなか、具脳磐石はロボットの頭脳のみに特化した戦略を貫き、「1つの頭脳で複数のロボットを制御する」「1つの頭脳で多様な形態に対応できる」といった汎用能力の向上に注力している。頭脳となるアルゴリズムが十分に進化すれば、ソフトとハードの分離が必然的な流れになると、朱氏は考えている。

日本・シンガポールを最初の市場に、労働力不足を商機と見る

商用化に向けた戦略としては、設立当初から海外展開を明確に打ち出しており、最初のターゲットをアジア地域に定めている。中国国内では、自動車部品大手の紐泰格(New Technology)など、スマート製造を手がける上場企業2社と提携を結んでいる。しかし朱氏は、短期的にみれば中国では「ロボットが完全に人の代わりを果たす」ビジネスモデルは成立しにくく、顧客にとってはコスト面が見合わないと指摘する。一方で、日本やシンガポールなどでは労働力不足が深刻なため、実際に費用を支払ってでも利用したいというニーズが存在するという。

例えば日本では高齢化や人手不足を背景に、24時間営業を維持できなくなったコンビニエンスストアも出始めており、一部店舗で営業時間を短縮する動きも出ている。夜間の商品補充や店内巡回をAIロボットが担えれば、こうした課題を解消できる可能性がある。朱氏は「人の能力の50~70%程度しか代替できないロボットであっても、すでに購入の意向を明確に示している海外顧客がいる」と語る。

朱氏は現在のエンボディドAI競争を「明確な答えのない技術の暗い森」と表現する。脳科学的なアプローチこそが、その森を抜ける地図になると確信している。

*1元=約23円で計算しています。

(翻訳・畠中裕子)

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