トップ層は年収20億円、新卒でも1億円超!中国「AI人材争奪戦」の舞台裏

AIモデルの開発競争が激しさを増すなか、中国ではAI人材の報酬水準が大きく変わりつつある。

業界の第一線で活躍する1998年生まれのアルゴリズム研究者は、大手テック企業への転職を機に、年収が100万元(約2300万円)から300万元(約6900万円)に跳ね上がった。2000年代生まれの大学院生でさえ、在学中のインターンで日給5000元(約11万円)を受け取り、卒業後に正社員となれば年収は300万元を提示された例もあるという。

1年前なら、これほどの高額報酬は世間を驚かせるニュースになったが、今やAI業界ではそれほど珍しい話ではなくなっている。

36Krが複数の業界関係者やヘッドハンターに取材したところ、中国のAI人材市場では、上位層ほど報酬が桁違いに跳ね上がるピラミッド型の構造が形成されているという。

最上層に位置するのはAI開発の中核を担うごく一握りの人材で、その報酬は給与やボーナス、株式・ストックオプションを合わせると年間1億元(約23億円)に達する。その次の層は、大手テック企業に10~20人在籍するエリート技術者で、年収は1000万元(約2億3000万円)を超える。トップクラスの新卒人材は年収500万~600万元(約1億2000万~1億4000万円)、重要プロジェクトに携わった経験を持つアルゴリズム研究者も年収200万~300万元(約4600万~6900万円)が一般的な水準となっている。

ピラミッドの最下層にいるインターン生でさえ、報酬が急騰している。バイトダンスやテンセント、アリババといったテック大手のAI部門では、博士学生の日給が5000~6000元(約11万~14万円)に達するという。2年前にはその平均月給が1万元(約23万円)ほどだったことを考えると、報酬水準が驚くほどの勢いで上昇していることが分かる。

企業が狙うのは、実践でしか得られない「ノウハウ」

なぜAI人材にはこれほどの高値がつくのか。その理由は、単に人材が不足しているからではない。AI開発には、論文やコード、技術文書だけでは十分に伝えきれない数多くのノウハウが存在する。

AIモデルの規模、学習データの配分、学習手法、異常発生時の調整方法などでは、試行錯誤を繰り返すなかで培った経験値がものをいう。業界内ではこうした条件設定やノウハウの組み合わせを「レシピ」と呼ぶが、獲得するには膨大なコストがかかる。基盤モデルの学習や、1000億パラメーター規模のモデルのファインチューニングでは、1回の実験に数千万元(数億円)、場合によっては億元単位の計算コストがかかる。技術的な判断を誤れば、研究者数人分の年収をはるかに上回る経費が吹き飛ぶ可能性もある。

しかも、実際に大規模な事前学習に携わった経験を持つ人材は多くない。あるヘッドハンターは、中国で大規模な事前学習を主導できる人材は200人ほどしかいないと見積もる。テック大手が1人の採用に1000万元を超える報酬を提示するのは、こうした希少性があるためだ。

モデルの進化が速いだけに、中核人材の流出は企業の競争力を大きく左右しかねない。2024年には、アリババでマルチモーダル事前学習を担当していた周暢氏がバイトダンスに移籍し、後に同社の動画生成AI「Seedance」の主要メンバーとなった。また、智譜(Z.AI)でAIモデル「GLM-4.5」「GLM-4.5V」の開発に大きく貢献した程曄安氏も、26年に月之暗面(Moonshot AI)に加わり、「Kimi K3」のエージェントコーディング能力を高めるための追加学習に携わった。

世間の注目を集めたDeepSeekでも研究者の移籍が相次いだ。「V3」の開発で中心的な役割を果たした羅福莉氏が年収1000万元でシャオミに引き抜かれ、「R1」の主要研究者だった郭達雅氏も、総額1億元近い報酬を提示されてバイトダンスに転職した。初代モデルの開発を支えた王炳宣氏はテンセントへ移籍している。

人材「獲得」から、人材「引き留め」へ

人材の移動が活発になるにつれ、大手各社は「他社からの引き抜き」と「自社人材の引き留め」の両面で激しい戦いを強いられている。

中国で早くからAI開発に取り組んできたバイドゥ(百度)やアリババなどは、過去数年にわたって他社への人材供給源となってきた。現在では、バイトダンスのAI部門「Seed」に大量の人材が集まったことで、競合企業から人材を狙われる立場になった。こうした人材争奪戦を受けて、バイトダンスは2025年末にボーナス増額や給与改定の方針を打ち出し、等級制度の見直しと上位職の給与上限引き上げを進めた。

TikTokのバイトダンスが“報酬攻勢”:賞与原資35%増、昇給原資は1.5倍

テンセントの場合は、高額報酬に加え、責任あるポストを提示して若手研究者を引き入れている。2025年末には、当時28歳だった元OpenAIの姚順雨氏をAIモデル「混元(Hunyuan)」の責任者に抜擢した。その後1年ほどの間に、混元の開発部門にはバイトダンスや海外トップ企業から複数の研究者が相次いで加わった。

とはいえ、AI人材にとって報酬や役職だけが決め手になるわけではない。

大手企業の肩書きや報酬を重視したこれまでのIT人材とは異なり、一部の若手研究者は、最先端のモデル開発にどこまで関われるかを重視する。「自分にとって一番魅力的なのは、年内に次世代モデルのトレーニングに中心メンバーとして参加できること」と、ある若手研究者は話す。

こうした志向は、スタートアップにとって採用の強みとなる。月之暗面やDeepSeek、智譜などは、大企業と人材を奪い合う点ではかなり不利と言える。しかし組織が小さいぶん、若手でも技術的な意思決定に深く関わることができる。キャリアの浅いAI人材にとって、AIモデルのトレーニングを1度でも成功させた経験は、目先の数百万円の給与アップよりも大きな価値を持つ場合がある。

大量採用から選別へ、変わる求人の重点

ここ2~3年の人材争奪戦を経て、中国のテック大手ではAI開発体制が徐々に整ってきた。バイトダンスのSeed部門では、アルゴリズム人材がすでに1000人規模に達している。そして企業の採用戦略もこれまでの「大量採用」から、少数のトップ研究者に狙いを定めた方針へと変わりつつある。

大企業のインターンに参加している学生によると、今年に入って一部の部署では採用枠が減っているものの、実際にオファーを獲得した人の中には報酬が2倍に跳ね上がるケースもあるという。採用人数を絞りながら、特に獲得したい人材に予算を集中させる動きだ。

求められる職種も変わっている。清華大学経済管理学院と求人サイト「猎聘」が発表した「AI時代のスキルトレンド報告」によると、2022年にAI人材需要の約半数を占めていた基礎アルゴリズムやモデル開発に関わる職種が、26年1~3月期には20%まで減少した。26年4~6月期には、AIエージェント開発エンジニアの求人が、初めてアルゴリズムエンジニアを上回り、AI分野で最多となった。

DeepSeekも9月8日に新たな採用を開始し、約150人のエンジニアを募集すると発表した。職種はサーバーサイドエンジニアとAIエージェント向けエラスティックコンピューティングのエンジニアの2分野に集中している。

ここからうかがえるのは、人材争奪戦の重点が「基盤モデルの開発」から「モデルの実用化」へと移りつつあることだ。モデルの性能が向上するなか、ツールとしてタスクを実行させ、企業の実際の業務に落とし込めるエンジニアが、新たな「獲得対象」となっている。

*1元=約23円で計算しています。

(翻訳・畠中裕子)

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