1本240万円から、撮影は最短2〜3日⋯中国の巨大撮影地「横店」で見たショートドラマ量産の舞台裏
Google(YouTube)によるメディアツアーの一環として、10月に中国浙江省の映画撮影地「横店影視城(以下、横店)」を訪れた。世界的にAIショートドラマが潮流となる中、中国の代表的な撮影地で歴史ものから現代ものまで、ショートドラマの撮影現場を実際に見ることができた。
なぜ中国からは通常アクセスできないGoogleが中国でメディアツアーを主催したのか。背景には、横店は世界で最もショートドラマ撮影に力を入れているところだからというだけでなく、外国人観光客の誘致強化や、世界の映像表現をけん引する中国発・映像系生成AIの強い存在感など、多様な要因が絡み合っていると考えられる。
紫禁城を1:1で再現、歩いて回るだけで一苦労の巨大撮影地

横店歓迎オブジェ
華流ドラマファンにとって横店といえば、宮殿を舞台にした歴史ドラマを思い浮かべる人もいるだろう。広大な敷地内には、秦時代の宮殿を模した「秦王宮」、北宋時代の町並みを再現した「清明上河図」、北京の故宮(紫禁城)を1:1で再現した「明清宮苑」、中華民国やレトロな香港の街並みが広がる「広州街・香港街」、大型の夜間映像・映画体験テーマパーク「夢幻谷」という「5つのコアエリア」がある。

とにかくスケールが大きい
たとえば明清宮苑は巨大な北京の故宮を再現しているので、実際全体を歩こうものなら相当歩くわけで、とにかくスケールが大きい。高速鉄道の横店駅はあり、上海からもさっといけるが日帰りではなく2日間は必要だし、いろいろまわろうものなら相応の体力を要する。
スタジオ130棟、ショートドラマ専用セット1000カ所
歴史ドラマだけでなく現代ドラマも横店で撮影される。横店側の2026年7月の発表によると、実景の撮影場所は50カ所以上、撮影スタジオは130棟余りにのぼる。さらに常時働く映像関係者は5万人以上、産業を支える関連事業者は500社を超える。場所だけでなく、衣装、小道具、スタッフ、宿泊までが一カ所に集積している。
昨今の縦長ショートドラマの流行に合わせて、撮影セットのアップデートも急速に進む。人民日報の報道によれば、横店では2025年7〜9月までに、ショートドラマ専用の撮影シーンが約1000カ所整備され、さらに横店は2026年7月には、現代ドラマ向けの撮影場所を新たに20万平方メートル以上拡大すると発表している。
このように映像撮影産業に徹底的に特化した街なので、運がよければ撮影現場を見ることができよう。今回のメディアツアーではコーディネートされていたことから、実際のドラマ撮影風景をみることができた。

ショートドラマ撮影現場に遭遇
ピンマイクも同時録音もなし、高速化を徹底する制作現場
現代ドラマの撮影現場では、高価な撮影機材を使い、何台も様々な角度から撮影していた。メディアツアーに参加したクリエイターの池田伊吹氏によれば、日本の撮り方は共感するリアリティを求めて撮影機器を手で持ち、カメラを意図的にほんの少し揺らして撮影するという。中国の現場では、豊富な資金力を背景に優れた機材で高品質な映像を撮ろうという姿勢が目立つ。
その一方で気になったのは、俳優の衣装にピンマイクが見当たらないことだった。映像でメディアツアーが一行が入らないようスタッフがコントロールする一方で、周囲のギャラリーがつぶやく雑音の中でも撮影がそのまま進行していた。
背景には、制作コストを抑える独自の工夫がある。1作品あたり10万~30万元(約240万〜720万円)規模の低予算ショートドラマでは、スタッフや照明を最小限に抑え、現場の同期音は使わず、すべて後からまとめてアフレコで対応するケースが多い。音声の現場収録を省くことで、天候や周囲の騒音に進行を左右されず、複数カメラによる一発撮りで短期間に素材を揃えることが可能になる。

横店にはハイテクを駆使したアトラクションもあり楽しめる
制作の高速化は撮影手法にとどまらない。脚本段階で特殊なロケーションを排除し、街頭、ホテル、病院などのシーンも基地内のセットで完結させる。スタッフ数を10人未満に絞り、監督が撮影や小道具を兼任するほか、10万元程度の超低予算作品では俳優自身がベースメイクを行う例もある。
さらに、機材やスタッフを1カ月単位で一括手配し、複数作品を連続・同時並行で撮影することでスケールメリットを生み出している。前準備と撮影をそれぞれ1週間程度に圧縮し、極端なケースでは2〜3日で1作品を撮り終えるため、中核スタッフが48〜72時間連続で稼働することもある。ただし、こうした過酷な労働環境に対する反動として、中国ネット視聴協会は2026年2月に自律公約を発表し、出演者やスタッフの休息確保を求める動きも見られる。
1万5000円で宮廷ドラマの主役に
一方、故宮を再現したエリアでは、作品を量産する現場とは違う使われ方だった。一般の観光客が本格的な衣装をまとい、監督の指導のもとでカメラマンに撮影されている様子が各所で見られた。

撮影体験できる店が多数並ぶ
その近くでは撮影サービスを売り込む人たちが声をかけていた。36Krのある記事によると、メイクと衣装に20分、撮影に40分をかけ、3分以内の短編ドラマを作成する体験プランが提供されている。費用は、撮影体験388元(約9300円)と入場券239元(約5700円)、計627元(約1万5000円)となる。各国のメディアツアー参加者も体験したが、メイクは「厚くごてごてしていた」という。
体験者に演技経験や台詞の暗記は求められない。メイク中に脚本を受け取り、監督や脚本家から役柄の説明を受ける。監督が台詞や動きを実演し、それをまねて撮影に入る。共演するのは、施設内で役柄を演じて来場者と交流するNPCのスタッフたちだ。観光客が買っているのは、単なる動画ではない。衣装を着て、演技を教わり、共演者に支えられながら主役になる時間と、その体験を持ち帰って共有できる完成映像である。現場では撮影地そのものが観光客向けの映像制作体験サービスの売り場にもなっていて、建物内でサービスのセールスを行う中高年に観光地のように声をかけられた。

撮影風景
横店の体験撮影は、生成AI以前の2011年から観光客向けに提供してきた。つまり時代に応じて団体向けの横長映像から、個人でも参加しやすい短い縦型ドラマへと進化させてきた。ただ実際のところ、現在その事業を強化する意味合いは変わっている。AIの発展が実写撮影チームの仕事を圧迫し、専門の撮影班による需要が減るなかで、横店が観光客という別の顧客層を積極的に取り込もうとしていると分析する。撮影体験の売り上げにとどまらず、入場券、ホテル、飲食などの消費につなげる集客商品と位置づけているという。
体験サービスはプロの撮影のために蓄えてきた道具や人材を観光客が出演する映像へ振り向けている。自分が衣装を着て本物のセットに立ち、監督の声を聞きながら芝居をする体験は、昔も今もそうそうできることではない。横店が売ろうとしているのは映像の完成品だけではなく、その制作に自分が参加したという体験でもある。
映像を「作る街」から「誰もが出演できる街」へ

横店では様々な映画が撮影されている
横店の紫禁城内で撮影している監督に少し話をきくことができた。生成AIがでてきて演者は必要なのかと質問すると、「生成AIが普及し、それを活用した映像コンテンツに抵抗がない中国市場においても、重要なキャストの人間味のある演技は横店で撮る意味がある」という。
横店で目撃したた二つの撮影現場は、別々の商売でありながら、同じ資源の上に成り立っている。一方では低予算のショートドラマが、AIの影響を受けながらも、工程の省略や兼務、連続撮影によって制作の時間と費用を切り詰める。他方で宮殿や衣装や撮影スタッフを使って、観光客に「自分のドラマ」を提供する。映像を大量に作るための場所が、映像に入りたい人を迎える場所にもなっている。
ピンマイクの見えないスピード重視の撮影現場と、宮殿で芝居を楽しむ観光客たち。映像を作る街から、誰もが映像に入れる街へ。この二つの風景は、横店が作品の作り方だけでなく、撮影資源の売り方まで変えつつあることを物語っている。
(文:山谷剛史)